第十七章 4.さよならの先へ
四月二十五日、
朝からよく晴れていて、哀しいくらいに青い空が広がっていた。
今日、近藤先生は逝ってしまう。
歴史の海にのまれて。
まるで、罪人のように首を斬られて。
それすらもあの人は誇らしいと笑って。
結局何もできなかった。
あたしは。
どんなに走っても、どうしようもできなかった。
だから、せめて見送りたい。
あの人の最期を。
土間にすべるように降りて、外へ出る。
春から初夏へ移り変わる風の匂いがした。
この世界に来て何度も感じるこの季節。
もうどれくらい経っただろう。
ここへ来たばかりの時、はじめは帰りたくて仕方がなかった。
刀が怖くて。
人を殺すのが怖くて。
仲間が死ぬのが怖くて。
歴史を変えるのが怖くて。
でも、いつからか、歴史通りに進むことのほうが怖くなった。
みんなを失うのが怖かったから。
だから変えたいと思った。
助けたいと思った。
なのに、結局あたしは何一つ変えられなかった。
ただ風のように通り過ぎるみんなの命を見守ることしかできなかった。
だから、せめて、最期まで、この命が尽きるその瞬間まで、みんなの生きざまを見守りたい。
近藤先生のことも、総司のことも、…土方さんのことも。
あと、どのくらい自分が生きられるのかはわからない。
でも、最期まで走らなければ、いけない。
そう思う。
ジャリ
砂道に一歩踏み出す。
とその時。
「どこへ行くつもりだ?」
後ろを振り向くと、そこには懐かしい顔、
永倉さんがいた。
「永倉さん!」
あたしは思わず駆け寄る。
緊張の糸が緩んで泣きそうになるのをぐっとこらえた。
「お前、…行くつもりか?」
どこへ?なんてわかりきっている。
刑場へ。
「はい。」
「お前、そのあと総司の前で笑えるか?」
「!」
見なければいけないと思っていた。
でも、恩師の首が落ちるところを見て、そのあとあたしは歩いていけるだろうか?
あたしは唇をかみしめてうつむいた。
「行くんじゃねえ。近藤さんは俺がきちんと見送ってやるから、お前は総司についててやれ。」
眉を寄せたまま永倉さんが言う。
「斬首なんて見て、その先お前は苦しむだろう。何でもかんでも片意地張って突っ走ればいいってもんじゃねえ。
ここは俺に任せろ、いや、任せてくれ。」
その瞬間はっと思い至る。
近藤先生と喧嘩別れみたいな形で別れた永倉さん。
きっと後悔している。
自分がそばにいれば逃がせたかもしれないと。
この人は死ぬほど後悔している。
だからこそ、大切な仲間の最期をみとろうとしているのだ。
永倉さんは静かな目をしていた。
だからこそ、託さなければいけない気がした。
これも、また、武士の生き様なのだ。
私は所詮時のさすらい人。
私の居場所は大切な人たちの心の中にある。
だからこの人たちの生きざまを、覚悟を、見ていきたい。
「…はい。」
あたしは俯いたまま、うなずいた。
*
それから数刻後、板橋の刑場で、新撰組局長近藤勇の斬首が執り行われた。
多摩の農民に生まれ、武士を志し、誰よりも強くまっすぐに生きた男の最期は切腹さえも許されない非常なものだった。
…新撰組局長近藤勇、享年三五歳。斬首。
…「近藤勇」の首は逆賊人としてさらされることになったが、その夜、闇にまぎれて首が何者かに持ち去られたという知らせが江戸中に駆け巡った。
永倉さんだ。
あたしにはそれが永倉さんの仕業なのだとすぐに思い当った。
何かあった時、あたしや総司を巻き込まないように、すべてを自分が請け負うために、あたしを行かせなかったんだ。
永倉さんてばええかっこしいなんだから。
みんな喜んで咎を負うのに。
永倉さんなら、きっと誰にも見つからない、静かなところに近藤先生の首を眠らせてくれているだろう。
それでいい。
あたしは心の中でそっと手を合わせた。
近藤先生…さようなら。
本当にありがとうございます。
あなたの武士としての生き様、本当にまぶしかった。
きっと伝えます。
あなたの誠を。
あなたの生きざまを。
あなたの命を継いでいきます。