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虹に届くまで  作者: 爽風
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第十七章 2.負の遺産、たどり着く未来

あたしは、翌日板橋の詰所に走った。

世話役としてずっとついていてくれたおばあさんにすべてを伝えて。

帰れないかもしれない。

でも少しでも可能性があるのなら走りたかった。

走らなければいけないと思った。



板橋の詰所は刑場も近いこともあって禍々しい空気に満ちていた。

ここに来たものは生きては帰れないと。

松本先生はそういっていた。

門の前まで来ると、ガラの悪そうな男が退屈そうに構えている。


「なんだ、おまえは。」


睨み付けられたところで全く怖くはない。

こちとら修羅場のくぐった数が違うんだっての。


「勝どのに御取次ぎを。

水瀬が会いに参りましたとお伝えください。」


まっすぐに見据える。


「何を申して居る!」


唾を飛ばしながら怒鳴るけれどかえって間抜けさがまずばかりだ。

警棒みたいなのを振り上げて鼻先に突き付ける。

瞬き一つしないあたしに動揺したのはその男のほうだった。


「勝殿にお伝えを。」


「っ。」


男は通りかかった仲間に伝えると、二、三分で男が戻ってきた。


「通れ。」


男は悔しそうに言うと、あたしを詰所の奥に通した。



小さな部屋に通されると、しばらく待たされた。

どれくらい時間が経ったかわからない。

ただ時間の感覚なんて少しもなかった。


ふすまが開いて、勝さんが顔をのぞかせる。

勝さんは少しやせたようだった。


「こんなところにまで…。ホントに、君という人は…。」


「勝さん、お願いです!近藤先生を助けてください!!」


あたしは手をついて頭を床につけて叫ぶように言った。

これで、覆るはずもないことはわかっていた。

でもそれでもすがりたかった。


絶対殺させない。

近藤先生を逃がす。

ただその思いだけを心に。


「勝先生!!お願いします!!」


「できない。」


勝さんはにべにもなく斬り捨てる。


「どうしてですか!!あの人は、近藤先生は幕府のために、ただただいちずに働いてきただけです!!お願いです!」



あたしは畳に額をこすり付けた。

いぐさの青臭いにおいが妙に際立って鼻につく。


「新政府は新しい時代に何も残さないつもりなのだ。近藤を後の時代に残せばきっと新政府に仇なすだろう。

旧体制の負の遺産を残すわけにはいかない。」


勝さんの静かな切り捨てるような言い方にあたしは思わず顔をあげてにらんだ。

負の遺産…!!

そんな言い方あんまりだ!


「負の遺産?あの人はあんなにもただ一途に誠の武士として生きてきました。確かに刀の時代は終わりました。義理や忠義なんて…古臭い過去の産物なのかもしれない。

でも…全力で生きてきて、全力で守るもののために武士として生きてきたその生き方を否定することなんて誰にもさせない!!

…勝さん、鳥羽伏見の戦いを、流山の戦いを見ましたか?

銃や大砲で人が馬鹿みたいにあっけなく、簡単に死んでいくんです。

それが正しいんですか?

あれが勝さんや、桂さんのしたかったことですか?!誠なんですか!

…近藤さんは新しい時代に必要な人です。

刀はなくなっても武士は、武士の魂はなくなったりしません!

不器用で、優しくて、合理性とか損得なんかじゃ説明できない人間の大切なものを新しい時代に伝えなければいけないんです。」


「…できない。人心は天下の揺らぎに不安に満ちている。だからこそ、一分の不安も新しい世には残せぬ。」


やっぱり取りつく島もない…。

近藤先生をいけにえにして、悪をすべて着せて葬り去るつもりか…。


「…近藤先生を犠牲にするんですね…新選組を悪の化身に仕立て上げて、自分たちの身を守るために!切腹さえ近藤先生は許されない…。なんて卑怯な…!」


「わかってくれ。日本の未来のためには古きは去らねばならぬ。」


日本の未来…。

そんなものは知らない…。

こんなにも血が流れ、純粋にただただ一途に走ってきた人たちが闇に葬られる世の中なんて、いらない…。


ぱたり…。

ぱたり…。


あたしは流れ落ちる涙をぬぐいもせずにただただ一点を見つめていた。

体の中を熱いものが駆け巡る。

血が怒りで沸騰しそうだった。


「近藤先生を…助けます。

どんなことをしても…。」


「やめろ!お前も死ぬぞ!」


勝さんがあたしの肩をつかんだ。

あたしは静かに勝さんを見つめ返す。

眼だけが異様な熱を持っていて火を噴きそうなくらいに熱かった。


「…それが何?この時代に来ていつだって死は隣にあった。怖いものなんか何もない!

坂本さんが言ってた。

武士は死ぬ理由は己にあってはならぬと。

自分の信ずる誠のために死ぬのだと。

だったら、あたしは近藤先生を助けることに命を賭する。」


心は決まっている。

歴史なんか知らない。

あたしは今を生きているのだもの。


「水瀬。お前はなんという…」


勝さんは苦虫をかみつぶしたような顔をしていた。

きっとこの人も苦しいのだ。

この人はこの人の精一杯を生きている。

だからこれ以上背負わせるわけにはいかない。


「もうお話はありません。お時間とらせて申し訳ありませんでした。」


あたしは立ち上がってふすまを開ける。


「…死ぬなよ…。」


後ろから勝さんの静かな声が聞こえた。


「勝さん、あなたの見たかった優しい未来ってこれですか?」


あたしは振り返らずに言った。

ただそれだけが聞いてみたかった。


「…ああ。」


「そうですか。わかりました。最後までそれを貫いて、必ずいろんな人にとって幸せな未来を作ってください。それが…未来に生きる者の務めです。」


未来に生きる者。

新撰組は死するもの、滅びゆくもの。

そんな風に歴史の闇にのまれていくのだろう…。

あたしはそれを止めるためにここにいる。

今なら胸をはってそう答えられる。


「承知した。必ず…。」


誠がある。

それぞれに譲れぬ思いがある。

だから争いがある。

どちらが正しいとも、間違っているともわからぬ。

ただ負けたから悪い。

悪いから負けたのではない、負けたからすべての悪と負の部分を背負和されるだけなのだ。

ただあの人には生きていてほしいから…だからあたしは走る。

それが間違っていても…あたしは止まらない。

自分に残された時間はもう僅かだから。

今更怖くはない。

ただ悔しいだけだ。


あたしは誰一人として救えなかった。

芹沢先生も山南さんも、お梅さんも、平助君も…みんな死んでしまった。

そして総司は不治の病の床に着いている。

日に日にやせ衰え、血を吐き続ける総司…。

あたしを拒み続ける総司…。

あたしができることなんて何もない。

でもそれでも走らなければいけない。

そう決められているから。

魂の約束で…。


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