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虹に届くまで  作者: 爽風
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第十六章 6.別れ、幸せの幻影:土方歳三

あのときなぜ、武士として死なせてやれなかったのだろう。

こんなふうに、なるのなら、武士のままで死ねたほうがあいつにとっては幸せに違いないのに。


勝ちゃんが近藤勇だとばれた。

伊東派の残党が新政府軍にいるとは思わなかった。

勝海舟は手のひらを返したように無理だといった。

できるだけのことはするが期待はするなと。


俺のせいだ。

あの時死なせてやれなかった俺のせいだ。




千駄ヶ谷まで馬を走らせると、町の喧騒から外れた一軒の家の前にたどり着いた。

俺は玄関の前にたつと声をかける。


「すまん、だれかおらぬか。」


ぱたぱたと聞きなれた足音。


「はーい、どちらさ……っ!」


勢いよく開いた扉から出てきた女は俺の顔を見てその形の良い目を見開く。

質素な藍染の着物、髪は簡単に結わえているだけだが、凛とした静謐の美しさが光る。

水瀬…

こいつを見るたびに締め付けられるような甘い痛みと懐かしさに駆られる。

互いに何も言わずに見つめ合っていた。

ただこの時間が永遠に続けばいいと思いながら。

水瀬の瞳にみるみるうちに膜が張り、涙のしずくとなって零れ落ちた。

夕日に零れ落ちる涙が光る。

俺は思わずその頬に手を伸ばして涙をぬぐう。

きめの細やかな肌は驚くほど柔らかい。


「…ひじかたさん…どうしたんです?」


ようやく水瀬が口を開く。


「ああ、総司に会いに来た。」


お前にも、とは言えなかった。


「総司が喜びます。さあ、上がってください。」


水瀬はぱっと花が咲いたように微笑み、俺を家の中へ案内した。




総司はこぎれいに整えられた部屋に寝かされていた。

水瀬に案内されて部屋に入ると、総司は痩せてしまった顔をこちらに向けて小さく笑った。

頬にできるえくぼだけは昔と変わらないもので、やりきれなさが胸を突き上げた。

枕元には大小の刀。武士の命。

こいつもまたどこまで行っても武士なのだ。

涙腺が緩みそうになるのを奥歯をかみしめてこらえた。

水瀬は「お茶を入れてくる」といい、部屋を後にする。


「土方さん、来てくださったんですか。すみません、こんな姿で。」


総司はもう起き上がるのも難儀な様だった。


「いや。」


「にしても、やっぱり土方さんは新しい物好きですね。その西洋の服、似合っていますよ。

今度は吉原の女子がほおっておきませんね。」


くすくすとさもおかしそうに笑う。


「言ってらあ。戦うのに合理的なものを選んだだけだ。」


「…土方さん、近藤先生はお元気ですか?」



動悸が一気に激しくなる。

総司のまっすぐな瞳はどこまでも澄んでいて、まるですべてを見透かすようなそんな視線で俺は一瞬たじろぐ。


「ああ、連戦連勝とはいかないが忙しく動いてる。

あの人は大将だからな。お前のこと、気にかけていたさ。」


「…早くお会いしたいです。」


遠い目をする総司に、俺は一瞬こいつはこのまま死んじまうんじゃないのかとさえ、思った。

それくらい総司は儚い笑みを浮かべていた。


「そんなもんお前が早く治せばいいだけのこと。

まったくお前がいねえから、皆大変なんなんだ。」


俺はあえてぶっきらぼうに言う。


「ふふ、優しいですねえ。」


総司はひとしきり笑った後、呼吸を落ち着けて言った。


「…土方さん、もう少しだけ夢を見させてください。」


俺は何のことだかわからずに眉をひそめる。


「まことをあと少しですから、貸してください。あの子の笑顔の側にいられることだけが私を生きていると実感させる、まるで夢の中にいるように穏やか気持ちでいられる。

だからもう少しだけお願いします。」


なにいってんだと冗談にすることはできなかった。

こいつがどんな思いで、刀を置いたのか、どんな気持ちで水瀬の側にいるのかを知ったから。


「総司、俺は会津へ行く。戦いが始まる。だから水瀬の面倒をみる暇はねえ。しばらくはおめえがついててやれ。」


勝ちゃんのためにできることは最期まで戦い続けることしかできないから。

だから、厳しければ厳しいほどいい。

どこまでも、どこまでも、血と、白刃と、銃弾の嵐の中を走ろう。

修羅の道を最期まで、この命が果てるその瞬間まで走ることでしか俺が勝ちゃんの為にできることは何もない。


「ああ、土方さんはやっぱり戦いの鬼なんですねえ。いつだって修羅の道を走り続ける。まぶしいくらいに。」


総司はおかしそうに笑った。

少しだけ切なそうに。


「ふん、お前だってすぐに追ってくるんだろ。早く来い。でないと戦が終わっちまうぞ。」


「がんばります。」


総司は澄み切った優しい笑顔で笑った。


「じゃあ、そろそろ俺は行く。

またな。」


俺は軽く手を挙げて口の端をあげて笑って見せた。


「ええ、また。」


「また」が来ないことは痛いくらいにわかりきっていた。

俺はもう二度と江戸の土を踏むことはないだろう。

そして総司ももはや剣を握れない。


それでも、幸せな夢が見たかった。

もう二度と来ない幸せな未来の夢が。


勝ちゃんが大将、俺や総司、試衛館のやつらが周りを囲んで、大樹公を守る…

その傍らでは水瀬が笑って待っている…そんな愚かしいくらいに幸せな夢の幻影が瞼を閉じれば見えるようだった


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