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虹に届くまで  作者: 爽風
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第十六章 4.心の闇を照らす光:沖田総司

「ゴホ、ゴホ…」


咳をするたびに胸がえぐられるような痛みが突き上げる。

口に当てた手拭いにべっとりと血が付く。


痩せてしまった手。

力の入らないからだ。


先ほど、見舞いに訪れた永倉さんも、原田さんも私を見て一瞬言葉を失っていた。


いつまで生きるのだろう。


前はいつまで生きられるのかと、生に執着していたのに、今となっては虚のように頼りない。

時折、早く楽に、終わりにしたいとさえ思ってしまう自分がいる。

そうすれば、まことは私にとらわれずに生きていける。

今となっては咎人のように名を伏せ、身を隠し、まことを妻をした隠れ蓑に守られ、いつまで、生き恥をさらし続けるのだろう。

それが申し訳なく、ただただ辛かった。

そんな闇に心がとらわれるとき、まことは暖かな光のように私の心を照らし出す。


まことは私とこの千駄ヶ谷に身を隠すことになった時、「一緒にやった密偵の時みたい。」と無邪気に笑った。

私と一緒にいれば病がうつってしまうかもしまうかもしれないのに。

独りでいい。

こんな病に侵されるのは、自分一人で構わない。

そう思ってまことをどれだけ遠ざけようとしても、まことは笑って側にいた。

陽だまりのような暖かな笑顔を浮かべて、ただ静かに側にいてくれた。

それがいけないとわかっているのに、手放しがたかった。

わたしはどうあがいても、まことを傷つけることしかできないのに。

もう少し、あと少しだけと望んでしまう。

あの笑顔を。


近藤先生は以前見まいに来てくださったとき、こういった。

「水瀬君の為に遠ざかろうとしているのかもしれないが、それが彼女を傷つけていることを自覚するんだ。総司、お前は強い武士だ。だから彼女と自分の気持ちに向き合って病を治せ。そうしてまた共に走ろう。」

その言葉に、年甲斐もなく近藤先生にすがって泣いてしまった。

そのころからだ。

もう自分の気持ちに嘘がつけなくなったのは。

まことの笑顔を受け入れ、それに救われている自分を受け入れたのは。


ふと香るかぐわしい香り。

床の間に目を向ければ目に鮮やかな紅梅。

まことが今朝持ってきてくれたものだ。

部屋には近づいてはいけないと言っているのに、「春を少しでも感じられるでしょう」とあの美しい笑顔で笑って言った。

まことはこの部屋に来たとき、今日あった取り留めもない話をする。

鈴を転がしたような心地よい声で、その話を聞くのが私はとても好きだった。

あまり近づかないようにと言ってあったので、食事のときと、着換えの時くらいなのだけれど、まことが来るたびに光がさすように明るくなる。

ありがとう、ただこの苦しみの中で、まことは私の光。

ごめん、もう少し、この愚かな私に付き合ってほしい。

側にいてほしい。

この家にまことの気配を障子越しに感じるだけで、私は幸せだったから。




夕刻。

ふと人の気配がして目覚めると、まことが食事をもって部屋に入ってくるところだった。


「起こした?ごめんね。

ご飯持ってきたよ。」


なんて美しく笑うのだろう。



「永倉さんも、原田さんも全然変わらないよね。

吉原と島原の女の人がどっちがいいって笑ってるの。」


「まこと」


かすれる声で呼び止める。

移さないようにめったに声を出さない私が呼び止めて驚いているようだった。


「どうしたの?調子悪い?」


「ごめん…。」


言わなければいけない気がした。

遠ざけているだけでは伝わらない。

もう今更まことを手放すことなどできないのだから。


「何が?」


きょとんとしてまことが目を丸くする。


「傷つけて…それなのに、嘘でも夫婦なんてさせて。」


「総司があたしのことを想って遠ざけてくれたんでしょ。

それに、昔みたいで、全然嫌じゃないよ。」


まことははにかんだように笑って茶碗に雑炊をよそった。

全部知っていたのだ。

すべてを知ってなお私の側で笑ってくれるこの子に私は何を返せるだろう。


「でも…。」


「じゃあ、もう少しあったかくなったら、一緒にお団子食べにいこ。

昔言ってたでしょ。四谷のお団子屋さんがすごくおいしいんだって。

お団子おごってくれたら許してあげる。」


何でも無いように笑うまことのこの光の笑顔が愛おしくて涙が出そうになった。


「…ありがとう。」


言いたいことはたくさんあったはずなのにただ零れ落ちた言葉はその一言だった。


「…総司、あたしね、この世界に来て、総司にあえて本当に良かったって思ってる。あたしがこうしていられるのは総司がいてくれたからだから。だからあたしこそ、ありがとう。

剣に誰より真剣で、一途で…誰かを守るために優しい鬼になれる総司は本当に武士なんだって思う。

今は病気と戦ってる総司が誇らしいよ。」


「…」


私は何も言えずただ目を伏せるだけだった。

これ以上何か言ったら崩れてしまいそうだったから。



幾度心が闇にとらわれても、この言葉とこの笑顔がある限り、生きよう。

精一杯に。

彼女は私を照らす光だから。



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