第十五章 3.烈風の中へ
御陵衛士の粛清があり、平助君が死んだ。
あの優しい明るい笑顔を見ることはもう二度とない。
まっすぐで、熱血漢で、大好きだった。
視界が揺らぎ、涙がこみあげる。
でも、泣くわけにはいかない。
でも、あたしは知ってる。
このことを誰よりも責めているのは土方さんや近藤先生だということを。
あの人たちはきっともう戻れないことを知っている。
これから待ち受けている道がどれほどの苦難があろうとも、きっとあの人たちは進んでいく。
ならば、あたしは何事も無いように笑っていなければ。
平助君はあたしの笑顔をほめてくれた。
だから笑おう。
これからの修羅の道の中で、少しでも、あたしが力になれることはそれだけだったから。
あたしは西本願寺の屯所に住んで、総司の看病を任せられたのだけれど、総司はそれを拒絶したらしい。
らしいというのはあたしは一切会えなくて、言葉すら交わすことができなかったから。
相当嫌われたらしい。
もうこれ以上会えないんだろうか。
総司のことは大好きだった。
友達でも兄弟でもない、似ているけど違う。
すごく近しい存在、すごく好きだった。
だからこそ、絶対に助けたかった。
結核なんて治したかった。
この時代では不治の病、でも労咳は不治なんかじゃない。
きちんと栄養のあるものをとれば必ず治る。
なのに、総司は逢おうともしてくれない。
あたしが知っている八木邸の屯所ではなくて、だだっ広い西本願寺はなんだか落ち着かない。
ただその廊下で行き場をなくしていつもうろつくしかなかった。
*
今日もご飯を作る。
のどが切れるまで咳き込んでいるだろう総司を思うと、胸が痛くなる。
なるべくやわらかくて食べやすいものを、そう思って雑炊にする。
鳥のだしに細かく切ったささみと人参大根を具にして水分を多めにした雑炊を作った。
唯一の救いはあたしの名前を出さないで出した料理はきちんと食べてくれること。
治ってくれれば、それでいい。
「総司のか?」
ふと後ろから声が聞こえて振り返ると、土方さんが立っていた。
ドクン
胸がざわつく。
この人を見るとどうしようもなく心が騒いで熱いものが体中を流れるのを感じる。
「はい。具を細かくして雑炊にしたら食べてくれるようになりましたし。」
あたしは何でも無いように笑う。
「…総司はまだ、水瀬に逢おうとしないのか?」
「ええ。嫌われたのだと思います。それでもきちんとご飯を食べて、薬を飲んで治ってくれればそれでいいんです。」
声が震えそうになる。
「あいつは意地っ張りだから許してやってくれねえか。」
土方さんのついぞ見たこともないような優しい顔に少し戸惑う。
「どうかしたのですか?」
「…お前は勘が良かったな。
戦が始まる。かなりでかいやつだ。新政府軍は幕府の力が残るのが許せないらしい。」
徳川慶喜が大政奉還をしたのはつい二か月前。
江戸城を無血開城したことに、新撰組でもかなり動揺していたが、あたしは慶喜様の覚悟がすごいと思った。
無駄など、流さない、不名誉は自分だけが負うという覚悟が伝わってきて…あの人はまことの武士なのだとそう思った。
なのに、軍力が残していることが許せないのだ。
古きものを徹底的につぶさねば気が済まないのだろう。
「…行くのですか?」
「俺らが行かないで誰が行くんだよ。」
「御武運を。」
「ああ。」
もっと言うべきことはたくさんある気がした。
なのに、何も言えなかった。
ただ、この愛おしい人は、きっと振り返りもせず、自分の身を白刃の中に投じていくのだろう。
止められない。
武士の誠は誰にも止められない。
互いに沈黙していたその時、
「大変です!!近藤先生が狙撃されました!!!」
切羽詰まった隊士の声が聞こえ、あたしと土方さんは走り出した。
時代の烈風が容赦なくあたしたちを襲う。
そんなことを感じていた。