表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
虹に届くまで  作者: 爽風
142/181

第十五章 2.花は桜木…:沖田総司

目が覚めた時、私は松本先生の仮寓にいて、一瞬ここがどこだか分らなかった。

昨日、あの油小路で血を吐いて倒れたのだ。

皆に知られてしまっただろう。



「沖田、お前は労咳だ。」


松本先生の言葉を聞いても、あまり焦りは生まれなかった。

ただ、ああ、やっぱりと思うだけだった。

聞きたいことはただ一つ。


「先生、あとどのくらい生きられますか?」


私があまりに平然としているものだから、松本先生も少し面喰っているらしい。


「沖田、そうやけっぱちになるんじゃねえ。

労咳は根気よく療養すれば治ることだって可能なんだぜ。」


松本先生は諭すように言うが、一年以上前から患ってきたのだ。

血の吐く回数も、体のだるさも増してきている。

もう、死期は近いのだろうと思う。


「いいえ。自分の体のことですから。大分悪くなっているでしょう。

だったら残された命を有効に使いたいんです。私は近藤先生のお役に立ちたい。」


そういった瞬間、頭に衝撃が走る。

松本先生が私を足蹴にしたのだ。


「ふざけんなよ。何が自分の命を有効に使いたいだ。

笑わせんな!

いいか。てめえ一人で生きてるなんて思うんじゃねえ!」


「松本先生…」


「いいか。沖田。今てめえがこうやって生きてるのは誰のおかげかよく考えてみろ。

昨日、倒れたお前の血痰を吸い出したのは誰だと思う?

水瀬だ。

あいつはお前が労咳だってことも、全部知ってたぞ。

うつることも、何とも思わない。

それよりも助けたいと、そう泣きながら言ってたんだ。

女を泣かせる男なんざ、武士のかざかみにもおけねえ。

それを自分一人で生きてるような顔しやがって、寝言は寝てから言いやがれ。

このすっとこどっこいが。」


松本先生の啖呵が心を揺さぶる。


まことが…、

助けてくれたのか…。


昨日のことは夢ではなかったのだ。

目が覚めたとき、まことが泣きながら私を心配してくれた、

あれは夢ではなかった。


労咳だと知っていても、うつるかもしれないのに。


私は無意識に手を口にあてた。


この口にまことの唇が重なったのか。

この締め付けられるような痛みはなんなのだろう。

それを直視することはできなかったがただ、わかることがある。

もう、まことと顔を合わせることは二度としてはいけない、ということだ。

あの子にこの病をうつすわけにはいかない。

まことは誰よりも幸せにならなければいけないから。

いつか、土方さんと共に歩く日まで、きっと守らなければ。

だから、私は剣を振り続けよう。

自分の生きる意味を見失わないように。


「…松本先生、すみませんでした。

もう命を軽んじるようなことは言いません。

治療もします。精一杯生きます。

でも、ひとつだけ、これだけは譲れません。

私は剣を握り続けます。」


「沖田!」


「先生、私は武士です。剣は私の命です。だからこれは誰になんと言われようとも置くわけにはいかないのです。」


「…武士っつうのはなんつう意地っ張りないきもんなんだ。」


「それから、お願いがあります。

あの子を、水瀬まことを私に近づけないでください。」


「なぜだ?

あの娘は、医術の心得もある。

お前もあの娘に惚れてんだろう?

何が問題だ?」


「うつしたくはないのです。

大切だから…誰よりも。

それに、いったんあの手を握ってしまえば弱い私は離せなくなる。

あの子には魂の約束で結びついた運命の人がいるのです。

だから、その幸せを守ってあげたいんです。

私にできるのはそれだけだから。」


「沖田…」


「先生、私はきちんと生きますよ。治療もします。

でも、私の、沖田総司としての誠を貫かせてください。

どうぞよろしくお願いします。」



「そうか…。」


松本先生はそういうと、私の肩に手を置いた。

松本先生の手はあたたくて、私は父というものを知らないが、こんなふうだったのではないかと思う。

厳しくでも暖かで優しい。

そんな人だったのではないかと、記憶にすらない、父の面影を探った。



私にできることはいかばかりもない。

ただ、誰かに病をうつしてはいけない。

取り乱すこともなく、まことと土方さんがきちんと結ばれるように見守って送り出すのだ。


もういい加減にしなければいけない。

子供ではないのだから。手に入らないものをねだって駄々をこねるようなな真似をするのではなく、潔く最期を迎えねば。


散り際は桜のようでありたいと思う。

花は桜木、人は武士。

来年は…桜を見られるだろうか?


私はこみあげる熱いものを抑えるようにそっと目を伏せた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ