第十五章 1.死なせない
どれほどそのままでいただろう。
小路を隙間風が吹き抜ける。
さきほどまで平助君に握りしめられていた手は血が乾いて、悴み、感覚がなくなってしまっている。
「水瀬」
頭上から声がして顔をあげると、永倉さんがそこにいた。
永倉さんの目に水っぽいものが溜まっているのに気づいたけれど
あたしは何も言えずにそっと目を伏せる。
「もう帰営する。お前も来い。」
「…はい。」
あたしはふらふらと立ち上がると永倉さんと共に、歩き出す。
互いに何も言わない。
ただ沈黙が平助君の死を悼んでいるだけだった。
ふと顔をあげると総司の姿が目に留まる。
総司は一番隊の隊士たちに事後処理の指示を出していた。
不意に総司の影が揺らいだと思ったら崩れ落ちるようにその場にしゃがみ込む。
「沖田先生!!」
「組長!!」
隊士たちが総司の周りを囲む。
「総司のやつどうしたんだ?」
永倉さんと共にその場を駆け出す。
「どうした?」
「沖田先生が急に血を吐いて倒れたのです!!」
「!」
隊士の言葉にあたしは全身から血の気が引いていくのを感じた。
沖田総司の結核…
歴史上あまりにも有名なその事実が今目の前に起きていることに。
今迄気が付かなかった自分に腹が立つ。
あたしは唇をかみしめて総司のもとに駆け寄る。
「どいてください!!誰か戸板を!
すぐに用意して!!」
総司の横でそう叫ぶと、向き直って頬をたたく。
灯りに照らされた総司の顔は土気色で、口周りにはベッタリと血がついていた。
その血の赤さは不吉なくらいの鮮やかさに一瞬怯む。
「総司、起きて!」
「…う」
総司の耳元に顔を近づけると
かすかなうめき声が聞こえるけれど、苦しそうで、起きる気配がない。
血がのどに詰まって息ができないんだ。
どうすればいい?
もう、誰も死なせたくないのに…。
あたしは総司の頭を傾けて軌道を確保すると、総司の口に自分のそれを重ねて、のどの血痰を吸い出そうとした。
「「!」」
「水瀬!!」
皆あたしの突然の行動に驚いているらしく息をのむ声が聞こえた。
鉄錆の嫌な味が口に広がる。
血痰を吸い、地面に吐き出す。
何度かそれを続けると、総司が咳き込んで意識を取り戻した。
周りから安堵の声が生まれる。
「ま…こと?」
あたしは口を拭って総司の冷たい手を握る。
「うん、もう死んじゃうかと思ったんだから!」
目を覚ました総司の肩に突っ伏してあふれる涙を隠す。
総司まで死んじゃったらどうしたらいいのよ。
「幸せな夢の続きみたいだな…。」
「え?」
「何でもない。」
総司はかすれた声でそういうと静かに目を伏せて眠りに落ちた。
浅い呼吸を確認するとあたしは総司を松本先生のもとへ運んでもらうように隊士に頼む。
再び歩き出すころには東の空が白んできていた。
長い夜が明けようとしていた。