第一章 13.日だまり:土方歳三
屯所の桜がこの前の雨でだいぶ散ってしまった。
縁側で趣味と言うにははばかられるくらいの発句をしながら手を止め、庭の桜に目をやった。
まったく妙なやつが入隊してきたものだ。
数日前、総司の奴が妙な人間を拾ってきた。
華奢で女みたいなやつと思っていたら、実際女だった。
素性もよくわからないが、ただ剣の腕は総司と並ぶような才能をもっていて…とにかくよくわからない奴だ。
ただ今駆けだしたばかりのおれたちには腕のたつ奴が1人でも多いほうがいい。
俺たち壬生浪士組は江戸から将軍警護と京都の治安維持のために寄せ集められた集団だ。
勝ちゃんや俺も百姓だし、侍といっても浪人達ばかり。会津藩御預とはいえ、正式な見廻組と比べてもいつ解散させられるかしれない。
そのためにはなりふり構っていられないというのが実際のところで、問題はまだまだ山積みだ。
あいつに関しては不思議なことばかりで、正直自分の気持ちが付いていかない。
水瀬真実が総司とともにこの部屋に入ってきたとき、どう言い表していいのかわからないような不思議な感覚が体中を駆け巡った。
強いて言うのならば
強烈な懐かしさ。
渇望していたのだ。
この逢ったこともない人間に再びめぐり合うのを。
そんな血迷った錯覚さえ覚え、一瞬にしてそんな自分にいら立った。
馬鹿か、おれは。
こんな見ず知らずの怪しいガキになんでこんなこと考えたんだ。
でも驚いたことにそいつは俺を見て一瞬ひどく懐かしそうなそんな顔をした、気がした。
気のせいだったのかもしれないが。
身寄りのないというそいつに総司が立ち合いを申し込んだときは正直肝が冷えた。
総司の剣は木刀でもまともにくらえば死ぬ。
こいつを死なせるわけにはいかない。
こんな怪しい奴排除するに限ると理性がそう告げるのだが、なぜか、おれの本能とも言うべき勘がそれを否定した。
実際立ち合いを見ると鳥肌がたった。
間合い、速さ、判断力はどれをとっても並み以上で、総司の剣をかわし、何本かは総司自身もひやりとするような突きを見せた。
こいつは使える。
剣士としておれたちのこれからに必要な奴だ。
そう直感した。
全く見た目は華奢で折れそうな手足のくせにどっからその力をだしてんだ。
末恐ろしいガキだ。
さらにびっくりしたことはこいつが女だったこと。
自慢じゃないが女に関してはかなり場数を踏んだと自負するおれも全く気付かなかった。
確かに華奢で線は細いし、顔も奇麗な顔立ちをしているが、女のにおいと言うか、女くささみたいなものが全く感じられない、こんな女初めてだ。
ただこいつが女だということに妙にホッとしているというか、安心している自分がいて、
そんな自分にいら立った。
この女に出会ってから妙に調子を狂わされる。
「はあ」
嘆息して、先ほどから少しも進んでいない筆をあきらめて置く。
筆の先の墨はもうすでに乾き始めている。
らしくねえ。
こんなに考えがまとまらないなんて今までにはないことだ。
目の前に集中しろ!
今はまだ考えるべきことが山のようにある。
この走り出したばかりの浪士組をどうするか。
芹沢一派をどう抑えるか。
軍資金をどうするか。
山は大きければ大きなほどいい。
おもしれえじゃねえか。
俺はやる。
やってやろうじゃねえか。
俺は目の前を散って行く桜をにらみながら、袴を握りしめた。