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虹に届くまで  作者: 爽風
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第十四章 1.別離、分かたれた道

慶応3年、あたしは24になった。

ここへきて5度目の年越しを迎えた。


時代の流れはよくない。


一橋公が将軍になったものの先は明るいとは決して言えない。

尊王攘夷の動きは一層強い。

この先、どうなっていくのか、誰にもわからなかった。



あたしが新撰組に帰ってきて数か月、あたしはまた山崎さんのもとへ身を寄せることにした。

西本願寺に来ないかと近藤先生は言ってくれたけど、伊東参謀もいるところへ戻るのは得策ではないと思ったから。

それに土方さんと顔を合わせるのがきまずかったから。


時の番人と名乗ったあの人と交わした契約を守るにはどうしても離れるしかなかった。

そうしてあの人の役に立てるように陰で働くことでしか、共に生きる道はないように思えた。


土方さんは何も変わらなかった。

近藤さんも何も言わなかった。

ただ総司だけがあたしを問い詰めた。

「土方さんのことあんなに好きだったじゃないか」と。

「どうして簡単に好きじゃなくなれるのか」と。

「その程度の想いだったのか」と。

そのどれもがナイフみたいにあたしの心をえぐったけれどあたしは何も答えることができなくてただ黙っていることしかできなかった。

総司は潔癖だからきっとこんなあたしの不実を許せないでいるのだと思う。

そうしてあたしたちは一度も逢わなくなった。

大切な人を傷つけてでも、それでもあたしはここに残って守りたいものがあったから、

土方さんのあのまっすぐな魂を、最期の武士の魂を守りたかったから。

だからあたしは泣かなかった。

否、泣けなかった。





「水瀬、せっかくここにおるんなら仕事に集中せえ。ぼんやりしとるうつけならここにはいらん。」


不意に山崎さんにはそういって怒られた。


「すみません。」


「しっかりせえ。お前は何のためにここに戻ってきたんや?

腹すえんとこれから起ることに向かっていけんで。」


「はい。」


山崎さんの言っていた意味が分かるのはその二か月後のことだった。







慶応三年三月。


伊東参謀らの一隊が思想の違いから御陵衛士を結成して脱退したのだ。

新撰組を壊そうとしていることは明らかで、そのこと自体には何の驚きもなかったけれど、その一帯の中に平助君と斉藤さんが参加していたことには驚きを隠せなかった。


あたしは今西本願寺に向かって走っている。

何をしようというのか。

今更本願寺に言ってどうしようというのか。


夜の闇に季節外れの春の雪がやわやわと浮かび上がる。


平助君や斉藤さんがどうして…。

みんな一緒だと思っていた。

ずっとずっと一緒だと思っていた。

なのに、なんでなんだろう。

わかっている。

武士だから。

これも武士の生き様だから。


目に雪が入って涙が出てきた。


夜の大路を走って本願寺に近づくと、見知った影が見えた。

平助君があいさつ回りを終えてちょうど屯所を出るところだったらしい。


「それでは。」


門番の隊士に軽く手をあげ踵を返して二人は歩き出した。


平助君は前まで背の小さいのを気にし手たけど、背も伸びて大人びて、どっしりとした風格が見える。



「平助君!」


あたしは叫んだ。


一瞬目を見開き近づいてくる。


「水瀬。なんでここに。」


「行くの…?」


声が震える。


「うん。俺行くよ。伊東さんにはお世話になったんだ。

同門であの人がいたから今の俺の誠がある。

新撰組は大好きだけど、でもやっぱり俺には俺の誠があるから。」


「…そう。」


伊東さんがどんなに裏で手を汚していても平助君にとっては紛れもない恩師。

そのことは何にも変えられないのだと思い知る。


「水瀬は泣き虫だなあ。

そんなに泣くなよ。

大丈夫だよ。進む方向が違っても、やっぱり日本を想う心は同じだから。

永の別れじゃない。

同じ空の下で別々に頑張っているんだ。

だから…泣くな。」


平助君。

いつの間にか大人になったのね。


「うん。頑張って。

応援してる。」


「ありがとう。

土方さんと、総司のこと頼んだよ。

やっぱり水瀬がいないと元気ないみたいだからさ。


じゃあな。」



平助君はそういうと夜の闇に消えて行った。


武士が武士たるゆえんは誠があればこそ。

それはきっと長年の友よりも、重いもの。

だから


芹沢先生も、吉田も、山南さんも命を散らした。

その誠のために。

そして陰ひなたで、彼らを最期の最期まで支え守り、包み続けた強い女性たちがいる。


この熱い思いのためだけに走っていくことが不器用な武士たちの生き様なのだろう。


だからあたしは泣かない。


誰を傷つけても


きっとそれでも守りたいものがある。


あたしは夜の闇に舞う春の雪をにらみ続けた。




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