第十三章 8.遅すぎた春:土方歳三
”ほかに好きな人ができました。”
なんて滑稽なことか。
愛おしいと、惚れていると思っていたのは自分だけか。
そう思うと自嘲がこみあげてくる。
「遅すぎたってことか…。」
あの雨の夜、確かに水瀬は少なからず俺への想いを持っていた。
だがこの半年の間に変わってしまったということだ。
桂なのか、勝殿なのか、
不意にこみあげるのはどろどろとした嫉妬。
ただわかるのはこの恋がありきたりなもので、世の中にごろごろ転がっている多くの恋の結末と同じ結末をたどったということだけ。
ぐだぐだと悩んでいる間に心が移ろった。それだけのこと。
もう終わったのだ。
縁側に座り、猪口を口に運ぶ。
甘苦い酒がのどを滑り降りて後には焼けつくような熱さが広がった。
「歳、水瀬君の様子はどうだ?」
勝ちゃんが隣に腰を下ろす。
「…ああ。大丈夫だ。」
「どうかしたか?」
こんな時ばかり勘が良くていやがる。
俺は苦笑して勝ちゃんの猪口に酒を注いだ。
「水瀬には別に惚れた男ができたらしい。」
「何を馬鹿な。」
勝ちゃんは笑って取り合おうとしない。
「…そうらしい。」
「まさか。」
「笑っちまう。惚れた女をどこのだれかわからない奴にさらって行かれたというだけさ。
まったく色男の名も返上だ。」
くつくつ
どうやら酔いが回ったらしい。
笑いが止まらない。
皮肉で滑稽。
なんと間抜けなことか。
惚れていることをようやく自覚して伝えてみれば、もはや心が移ろっていたとは。
情けない男にはなりたくない。
水瀬がもしその男のもとへ嫁ぐというならばそれを見送ってやろうじゃないか。
あいつの白無垢はさぞかし美しいだろう。
たおやかな百合の様に凛とした美しさを湛えて、切腹に臨む武士のような潔さで嫁ぐその様子が瞼の裏に浮かぶ。
そうして一生をその男にささげるのだろう。
その隣に俺が立つことは二度とないのだろう。
秋の月が杯の酒に映り動かすたびにやわやわと形を変える。
視界が揺らぐのを俺は慣れない酒のせいにした。