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虹に届くまで  作者: 爽風
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第十三章 6.恋情、魔性の炎:沖田総司

目の前の光景に堪えられなくなってそっと部屋をでる。

ふと頬を触れば自分が泣いていることに気付く。


まことが戻ってきた。

次に逢うときは斬るしかない、そう思っていたのに、肥後の守様と、一橋公の計らいで、どうやら収まりそうだ。

そのこと自体は死ぬほどうれしいはずなのに、なのにこんなにも胸が痛い。

理由ははっきりしている。

土方さんから、迷いが消えたから。

まことを愛しぬく覚悟を決めたから。


まことと出逢って土方さんは変わった。

強くなった。

信じる者のために迷いなく鬼になれる覚悟を決めた。

だから…あんな表情を見せるのだ。

今迄に見たこともないくらいに優しくて…あれが本当の土方さんだ。

あんな表情をさせられるんだ。

私がずっと自分の想いにとらわれている間、土方さんはきっとすべてを押し殺して鬼になっていたのだ。

まことを愛していたから、だからこそ、鬼になって走ろうと揺らぎすら私たちには見せなかった。


ああ、かなわないな…。


まことの幸せを見守ることができればそれが幸せだと思う。

あとどのくらい生きられるのかわからないが、まことが土方さんと想いを伝えあって、幸せになればいいと思う。

死も怖くはなかった。

きちんと受け止めて、最期まで潔く死んでいくはずだった。

なのに、私は今猛烈にむなしさを感じている。

まことと逢えたことは偽りなき幸せで、うれしい。

なのに同時に胸が押しつぶされるような苦しさをもたらす。


それはまことにあったことで残り限られた生への未練が生じたからなのか、

完全なる失恋の痛みなのか、測りかねた。


そうだ。

もういいのだ。

まことは幸せになるのだから。

残りのわずかな時間はまことを見守りながら、最期の時まで願わくは剣をふるっていたい。

わたしにはそれしかないから。

それだけが私がここにいる理由だから。


初めからわかりきっていることなのに、なぜこんなにも苦しいのだろう?


「ゴホ、ゴホ」

咳き込んで手をやると、また血が手に着いた。


血の赤は不吉で、でもどこまでも目に鮮やかだった。

怖い。

初めてそう思った。

死にたくないと。


まことに会って、またあの笑顔と共に歩みたい、そう思ってしまった。

私にとってまことは生きる理由だったんだ。

だからこんなにも私は生きたいと思ってしまう。

近藤先生や土方さんは私にとって死ぬ理由だった。

あの人たちを守って死ぬことこそが私の本望だから。

だから死ぬことなど、怖くはなかった。

なのに、生きたい理由を見つけてしまった。

見つけなければ恐怖も苦しみも味わわずに死んで行けた。


今度こそ本当にあきらめなければ。

自分の恋情と、生への未練と、死に、折り合いをつけて、気持ちの整理を始めなければ。

まことは…私の最期を知っているのだろうか。

知っていたところで、あの子は何の揺らぎも見せないだろう。

だからどうしようもなく彼女に惹かれる。

その強さに、しなやかさに。


恋とは決して消えぬ魔性の炎に似ている。

どんなに消え去ったと思っても、熾火のようにくすぶり続け、ある瞬間また息を吹き返すのだ。

きっと私は生涯、この想いにとらわれ続けるだろう。

だとしたら、なんて残酷な楔なのだろう。

恋情の中の嫉妬に焼かれ、永遠に届かない夢に手を伸ばし続ける…。



不意に肩に手を置かれてみると近藤先生が優しい顔をして私を見つめていた。

「総司…。」

きっと私を心配して見に来てくださったのだろう。

私は苦笑していつもの笑顔を作った。

「大丈夫ですよ。先生。

土方さんをあんな風に支えられるのはまことだけです。

だから安心していたんです。

これで土方さんがようやく落ち着くって。」

「総司…お前…」

「私は大丈夫です。私には剣がある。新撰組があります。」

大丈夫。

きっとすべてを受け入れて、凛と背筋を伸ばして、死んでいこう。

そのために、気持ちを整理するいい機会になったはずだ。

だからこの恋を殺そう。

土方さんとまことを夫婦にして、そして自分はその幸せを幸福とする。

私は死の準備をする。

それだけだ。


近藤先生は何も言わずに私の肩を抱いた。

少し照れくさくてでも、昔に戻ったようで心地よかった。



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