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虹に届くまで  作者: 爽風
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第十三章 4.150光年の奇跡、再会

あれからあたしは一橋慶喜の屋敷に滞在することになり、毎日彼の御しのびに附き合うことになった。

彼はつかみどころがなくて、でもすごく頭がよくて、頭のいいキレる男って感じで、遊郭から下町の女将さんまで、絶大なる支持を受けていた。

どこまでも粋でいい江戸の男は、上方でもやっぱりモテるらしい。

何度女の人に睨まれたことか…。


ただそんな一橋公だけど、未来の世界のことはすごく興味津々で、そういう部分は桂や土方さんや近藤先生にそっくりで、懐かしくて…そして切なかった。


そしてある日。

あたしと慶喜公は屋敷で一緒にお酒を飲みながら他愛ない話をしていた。

どんな話の流れでそういう方向に話が進んだのかはよく覚えていない。

ただあまり強くはないけれど、京都の嵯峨野で作られたお酒はおいしくて、おちょこからちびちび飲んでいたら、いつの間にか徳利が何本か空になった時だったと思う。

ふわふわとした気分で、頭もいい具合にぼんやりしていた。


「水瀬…お前、俺の側室にならねえか?」

慶喜も大分お酒が入っているのに顔色一つ変えずにこんな冗談を言う。

「なりませんよ。」

あたしはバッサリことわる。

「なんでだよ。俺が脅しても?」

「脅されるのはもう慣れました。

もうあたしに失うものはないんです。ここで上様に殺されるといっても別にかまいません。」

あたしは酔いのせいばかりでなく、開き直っていた。


次にみんなにあったらあたしはきっと斬られる。

でもそれを少し待ち望んでいる自分もいた。

いい加減帰りたかった、逢いたかった。

あの場所に、あの人たちに。


秋はもうそこまで来ている。

少し冷たくなった夜風がそれを教えてくれる。

空にはまばゆいばかりの満天の星。

鏡を砕いたみたいにキラキラしてて、悲しいくらいに美しい。

手を伸ばせば届きそうなくらいに近くて、でも絶対に届かない存在…


いつか総司と話したことがある。

この星の光は今光ったように見えても、本当はずっと昔に光ったものなのだと。

だからたとえば150年前の光が今見えているかもしれない。

今どこかの星の光が150年後に届くことだってある。

そう考えたら、あまりさみしくない。

この宇宙が時空を超えて光を運ぶように、きっとあたしの思いも届けてくれる。


そんな夢物語を話したことがあるのを不意に思い出した。

窓の外に思いをはせていたら不意に慶喜の言葉に現実に引き戻される。


「俺の耳にも入っているさ。老中取次のくそじじいが新撰組に腹を立てて無許可に解散させようとしたらしいな。

家柄だけで無能な馬鹿な男だ。今の幕府に無条件で、忠誠を誓う便利な男たちを無為につぶそうとしたのだからな。」

「便利…?」

あたしは思わず引っかかって聞き返した。

「そうだろうさ、この沈みゆく幕府に忠誠を誓うなんざ、阿呆で馬鹿な男たちだ。

だから利用できて便利だろう?」

慶喜は挑発するようにくいっと酒を飲んで皮肉っぽく笑った。

「便利って…なんですか?

阿呆って、あの人たちの本気の誠を馬鹿呼ばわりするなんて誰にもさせません。

あの人たちがどれだけ国を想い、幕府を想い…それをそんなふうに言うなんて!」

あたしはお酒が大分回っていたのだと思う。

新撰組があんなに嫌われても走り続けたのは幕府、ひいては将軍のためなのに、なのになんでそんな風に馬鹿にされなきゃいけないんだ!

そんな風に考えていたらあたしは感情の高ぶりを抑えられなかった。

熱くて涙がばらばらと流れてくる。

感情の高ぶりを抑えられない…。

ああ、あたしってばだいぶ酔っぱらってる。

視界がくらりと揺れてあたしは自分の酔っているのを実感した。


「あーあ、水瀬は泣き上戸かよ。

幕府に無条件で忠誠を誓う馬鹿な奴らを助けるために、殺されるのも覚悟で隊を抜けたんだってな。

お前のそういう馬鹿正直なまっすぐさがあの男たちをここまでさせるんだろうよ。

あの荒くれ者のやつらを惚れさせ、肥後もお前のことを買っている。

合理主義者の勝ですらお前には一目置く。

お前には人を惹きつける何かを持ってんだな。

まったく…おめえは、なんて女子だ。

やはりお前はあの場所に必要なのだろうな。」

慶喜は仕方なさそうにそういうと手を一つたたく。


すると側近の松浦さんがふすまが静かに開けて誰かを呼び入れているのが見えた。


夢の続きを見ているのだと思った。


だって


目の前にいるのは


懐かしい人たち、あたしが死ぬほど逢いたかった…


新撰組だったから。




近藤先生、土方さん、そして総司…。



なんで…

なんで…ここにいるの?


あたしは目を見開いたまま動けなかった。

だって信じられなかったから。


もう一度逢えるなんて

思わなかった。

星の光が150年先に届くように、あたしの思いが不可能を越えた。


もう一度逢えた。


あたしは自分がこの人たちに死ぬほど会いたいと思っていることを改めて実感する。

だって心がこんなに震える。

お酒のせいじゃなく、視界が揺らぎ涙がぱたぱた零れ落ちる。


これで思い残すことはない。

だって会えたもの。

もう一度。



あたしたちはお互いに見つめあったまま微動だにしなかった。

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