第一章 12.月明かり:沖田総司
今夜は満月だ。
暗い部屋に青白い月の明るさが冷たく感じる。
私は部屋の隅で壁に背を預け、うつらうつらしていたのだが、ふと目が覚めてしまった。
部屋の中央にある布団がこんもりと盛り上がって丸くなっている。
枕は布団から押し出されていて布団から小さな手と細い足が飛び出している。
寝相悪いよなあ。
昨日も思ったけど。
私は苦笑いを浮かべてその様子を見ていたのだけれど、正直こんなに穏やかな気持ちでいられることが不思議でならない。
まったくおかしな人間が入ってきたと思う。
拾ってきたのは自分なのだから自業自得なわけだけれど。
雨の壬生寺。
境内の桜。
雷。
そんな中で雨に打たれて倒れているなんて、どんないきさつがあったのか。
荒地の前で慟哭する姿はとても芝居しているようには見えなくて、本当に行き場がなくて困っているようで、思わず屯所へ連れてきてしまった。
自分の身の上を話しているときは、悲壮感が漂っていて、でも何か心に秘めたものを守ろうとしているのが感じられた。
怪しかったから斬ろうかとも思ったけれど、人を信じやすい近藤先生だけでなくあの用心深い土方さんが斬らずにいることに驚いていた。
そしてなんとなく成り行きでここに置くために試合をすることになった。
立ち会ってみると、見た目の華奢な姿からは想像もつかないような豪胆な剣を振るうことに驚かされた。
自分と互角か、それを上回る速さ、
力はそれほどでもないけれど、勘と間合い、何よりとっさの判断力は驚嘆するものがあり、正直何度もひやりとさせられた。
防具をつけなかったことを後悔するほどに。
そして出会って間もないのに、わたしの二面性を指して「昼と夜」という洞察力。
たいていの人は剣をもたない私のことは「優しい」とか「人当たりがいい」という。
ただそれは私の本質ではない。
自分はひどく人の感情に無機質で、人間らしい感情が欠如しているところがある。きっと剣を持つためにどこかに置いてきたのだ。
鬼と呼ばれる土方さんのほうがよっぽどか人間らしいと思うことさえある程、自分の冷酷さに自分でも驚くことがある。
その自分を見抜かれたような気がした。
にもかかわらず女子だという。
土方さんの言うとおり女子独特の色気とか、なんというか嫌な女臭さみたいなそういった類のものが一切感じられなかった。
本人は男だと思われていることにすら気づいていなかったらしく、驚いていたが、
男装しているわけでもないのだという。
女子が剣を振るうことなど理解しがたいが、自分がそれに負けたということもこれまでの根本を揺るがすようで腹立たしかった。
女子など何を考えているかわからない。
自分は女子が嫌いだと本人に言うと、なんと今度は私を投げ飛ばしてきた。
そして自分は自分だという。
確かに、女子だと気づく前は怪しいとは思いながらも興味を感じていた。
それを女子だと気づいた瞬間から切り捨てた私の態度は武士である前に人として礼節を欠くものだったのかも知れない。
完敗だ。
そう思ったら無性におかしくなってきて、このわけのわからない人間をもっと深く知ってみたいと思うようになった。
「総司と呼んでください」などとなぜ言ったのか自分でもわからない。
深く考えるのはあまり得意ではない。
ただなんとなく勘なのだろう。
理由はない。
真実と書いてまことと読むらしい。
不思議な女子だ。
まだこの人間の真実はどこにあるのかわからぬ。
用心するより他はない。
「くしゅ」
春とはいえまだ夜は冷える。
くしゃみの音に目が覚めたのか、布団がもぞもぞ動いて中からまことが這い出てきてこちらに近づいてきた。
「どうしました?」
そう問うと寝ぼけてかすれた声で言った。
「やっぱり、申し訳ない。布団使ってください。」
「あなたはなれない環境で疲れているんです。入隊早々風邪でもひかれてはこちらが困りますから早く戻って寝なさい。」
数刻まえも繰り返したやりとり。
余りの布団が屯所にはなくて、とりあえず今日のところはということで、まことに使ってもらっていた。
「でも、総司だって寒いんじゃないの。」
「大丈夫ですから」
こんな押し問答を続けている内に、まことは私の手をとって布団まで連れてくるとさらりととんでもないことを言った。
「じゃあ、もう一緒に寝ちゃおう。寒いし。」
「は?」
この子は何を言っているのだろう。仮にも女子で、私は男なのに。
「風邪引いて困るのは総司も一緒でしょう?
一緒に寝ちゃうほうが合理的だよ。
こんなこといってるうちに朝になっちゃうよ。」
さあ、と促されてしぶしぶ布団に入ると、その暖かな誘惑に私は負けた。
隣ではまことがもぞもぞ布団を引き上げ、安心したように笑った。
「なんです?」
「なんか、総司って落ち着くな。…みたいだな。」
独り言のように思い出し笑いをしている内に寝てしまったのだろう、穏やかな寝息が聞こえる。
手を動かした隙にまことの小さな手に図らずも触れてしまい、あわてて引っ込める。
滑らかで小さくて、男のそれとは明らかに違うのだなあと今更ながら実感する。
こんな小さな手で私と試合をしていたのか。
男とひとつの布団で眠るなんて、全くこの子は何を考えているのだろう。
無防備過ぎて心配になる。
こんなんでこの先この男所帯でやっていけるのか。
寝返りを打ったまことの首筋が月明かりに陶器のように白く浮かび上がり、私は慌てて目をそらした。
女子は苦手なのになあ。
このむずがゆいような落ち着かない気持ちは何なのか良くわからないが、深く考えるのはどうもめんどくさい。
淡い青白い光に包まれながら私たちは眠りに落ちた。