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虹に届くまで  作者: 爽風
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第十二章 9.それぞれの思惑

桂の爆弾プロポーズからしばらくして、あたしは勝さんと一緒に、あたしに逢いたいというさるお方のもとへいくことになった。

正直桂はまったく変わらなかった。

相変わらず合理的で、つかみどころがなくて、そして穏やかだった。

まるであんなことがあったなんてウソみたいに。


「じゃあ、行ってきます。」

あたしが玄関で、桂に挨拶をすると、桂は一言「ああ、気を付けて。」と笑って言っただけだった。

どうしてだろう、桂とはもう二度と会えないような気さえしていた。



さるお方は大阪にいるらしいのであたしは勝さんと一緒に大阪へと歩みを進めていた。

京から出たことのないあたしにとって旅の町並みはすごく新鮮だった。

この時代移動は籠か、馬か、徒歩。

もっぱら庶民にとっては徒歩が唯一の移動手段だったらしいけど。

真夏の太陽が照りつける中あたしと勝さんは黙々と歩いていた。

途中の休憩で小さな茶屋にはいると、勝さんはお茶を一口飲み、おもむろに話し出した。

「…桂君と、夫婦になる気はなかった?」

いきなりのことにあたしは団子をのどに詰まらせた。

「んぐっ!何言うんですか!」

「…口止めされているのだが、君は知るべきだと思う。

桂君がなぜ君を送り出したのか。」

「え?」

「桂君は君を元いる場所に帰そうとして君を送り出したんだ。花は野に咲くのが一番だと、無理やり手折ってきた花は枯れるのが早まるだけだと言ってね。」

「それはどういう…」

「新撰組のもとへ君が戻れるように。」

「!」

「まったくあの人は不器用なんだよ。

いきなり何を頼むかと思えば、新撰組の解散を止めてくれと。かわりに役に立つ女を連れてくるから、と。

もともとあんたを手に入れるためにあの事件を利用したのは明白だが、あの人は敵である新撰組の解散を止めてでも、あんたに憎まれてでも、どうしても手に入れたかったのさ。あの人が頭を下げたのは初めてだったなあ。」

何を言っているのだろう。

あの時、幕府のクズ役人が左之さんと平助君の行動を咎めて新撰組を解散させようとした。

でも勝さんの計らいで、それを止めるかわりにに桂のもとへ来ることを条件にしたのだ。

どうして気付かなかったのだろう。

桂や勝さんにとって、未来を何も語らないあたしなんて何の価値もなかったはずなのに。

「それが今度はもう飽きたからあの女を連れて行けと。

まったく気まぐれな男さ。でもそれが言葉通りのものじゃないくらいあんたも気が付いているのだろう?

あの人はさ、あんたが普通の女とは違うと、今までの女に効いていた手管が全く効かないんだと困ったように言っていたよ。幾松にとって身と生活の安全よりも、新撰組という鬼の棲家で生きることのほうが重要なのだと。そのほうがあの娘は輝くのだと、そういっていた。

だから無理を承知でもとに戻すことを俺に頼んできたのさ。」

「!」

この気持ちをなんといえばよいのだろう。

あたしはこの人たちが嫌いだった。

あたしから居場所を奪った人たちだから。

でも…理屈では説明できなくても、あたしは今この人たちが嫌いじゃない。

この人たちもやっぱり真の武士だから。

「…まったく冗談じゃないですよ。

人のこと振り回しすぎだし!いきなり脅して連れてきたかと思えば、今度は夫婦になれだなんて、そして今度は新撰組に戻れなんて。勝手なことばかり!」

あたしは泣きそうになったので、あえて顎をつんとあげて言った。

冷静に考えればあの人は身勝手すぎる。

でもそれでも憎み切れないのはやっぱりあたしも桂の人柄を認めているからなのだろうか。

「あんたならそういうと思った。

だがどうだい?帰れるんだぞ?」

「帰る?どうやって?裏切りを新撰組が許すはずはないでしょう!?」

あたしは飄々と言葉を並べる勝さんに声を荒げた。

「許すさ。あの集団は忠恕に厚く、情にもろい。それを利用するのさ。」

「何言ってるの?」

「身分というくだらない因習に縛られているならば、今回はそれを利用するまで。

いったん提言された新撰組の解散が無くなったのはなんでだと思う?

幕府の連中も身分や権力に弱いということさ。」

「…」

「何言ってるかわからない様子だね。今からお会いする方に一声かけてもらったのさ。

あの人も変わったお方だが、身分と権力はぴか一。効果は抜群だったさ。」

「…じゃあ、今度はあたしはその人のところに行くんですか?」

「ああ、あの人はあんたに逢ってみたいと言ったんだ。

桂小五郎が、勝海舟が手に入れてみたいと欲した女、新撰組がどうしても手元に置きたかった女とははたしてどのようなものなのかとな。会ってみて決めたいと、おっしゃっていた。」

「…そうですか。」

新撰組に戻れる?

それは否だろう。

あたしは理由はどうあれ、彼らを裏切ったのだから。

でも、そのさるお方のおかげで、最期に懐かしい仲間に会えるのかもしれない、そう思うとたまらなくうれしかった。

これは死地への旅路。

この体にまとわりつくような不快な蒸し暑い空気も、照りつける太陽も、この世の名残だと思えば、すべてが愛おしい。


やっと戻れる。

その先が死だとしても…あたしは笑ってこの運命を受け入れよう。

ねえ、みんなやっと会えるね。

あたし帰れるんだよ。


あたしたちは照りつける太陽の中笠を目深にかぶって歩き出した。

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