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虹に届くまで  作者: 爽風
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第十二章 3.雪のように、涙のように:沖田総司

長い間更新が滞り申し訳ありませんでした。

ようやく話にも終わりが見えてきました。

どうぞ最後までお付き合いくださいませ。

ヒュッ

ヒュッ…

刀が風を切る音…

あとからあとから際限なく降ってくる桜の花弁を切る。

ただ暗闇に浮かび上がる桜の花弁はまるで涙のように、雪のように降り積もる。

夜の冷気に上気した肌の熱が溶け込んで、闇と一体になる。


眠れない…。


自分の感情が制御できない。

怒りや悲しみや苦しみ…そんな生易しい言葉でこの感情をどう表したらいいのかわからない…。

私をこんなにも揺らがせる人間…水瀬真実。

この世でいちばんいとおしいと思い、そして同時に憎いと思う。

どうして私はこんなにも心が揺れるのだろう?


「何してる?」

不意に後ろから声をかけられ振り向いた。

「斉藤さん…」

斉藤さんが着流し姿で腕を組んで立っている。

この人もまた心を揺らしているのだろうか。

「あんたはいくらも寝ていないだろう。体を崩したら組長は務まらんぞ。」

斉藤さんが低い声で言った。

「眠れないんです。考えてしまって…」

情けない話だが私はまことがいなくなってから寝付けない日々が続いていた。

「水瀬のことか。」

それしか考えられないと言った風で斎藤さんが言った。

「自分がこんなにも誰かに囚われるとは思わなかった。何故あの子が居なくなったのか、何故新撰組を裏切ったのか…考えれば考えるほど止まらないんです。

考えるのは苦手なのに…おかしいですね。」

私は自嘲気味に口の端を無理やり引き上げて続けた。

「わたしはまことを憎んでいるのかもしれないんです。沸いてくるのは怒りなんですよ…いろんな事情があ

るかもしれないのに、まことが居なくなった、その事実は怒りしか生まないんです、勝手だと思います。もしかしたらここに居たくないのかもしれないのに…。

次にまことに会ったら私は彼女を憎しみで、怒りで斬ってしまうかもしれない…

そしてもう剣を持てないかもしれないとさえ思うのです。

そんな自分に吐き気がします。」

私は今までぐるぐる考え続けたことを一気に吐露すると、斎藤さんは鼻で笑った。

「子供だな…」

「!」

顔に一気に血が上る。

「俺にそれを言って傷をなめあおうと思ったのか?

あんたは結局自分がかわいいだけだ。

水瀬が居なくなって、自分が見捨てられたような気になっているだけだろう。」

慰めなどを期待していたわけではない。

ただ、斉藤さんならば分かち合える気持ちなのではないかと思ったのだ。

「違います!!信頼してるから、仲間だと思うから、裏切られたことが苦しいんです…!」

私は思わず捲し立てたが、それは図星だった。

確かに私は自分の怒りを正当化しようとしたにすぎぬ。

人は図星をつかれるとこんなに腹が立つのか。

「だったら…!だったら何故水瀬が裏切らなければならなかったと考えぬ…!?」

斎藤さんは不意に私の襟元を掴みあげて睨み付けて言った。その目にはやりきれなさが浮かんでいて、そしてまたかつてないほどの殺気をみなぎらせ、血走っていた。


なぜこんな目をするのか…


その可能性に思い当たった瞬間私は思わず斎藤さんの肩を掴み返していた。

「斎藤さんは…知っているんですか…?」

「…」

「教えてください!何を知っているのですか!!」

沈黙が全てを物語っている気がした。

「教えてください…!何故なのです!?何故まことが居なくなったんですか!?」

私はさらに斎藤さんに詰め寄った。

「…俺たちの命を救う為だ。」

「え…!」

「俺たちの命と引き換えに、水瀬は敢えて新撰組を裏切って敵方に渡った!俺た

ちが走れるように…!」

「そんな…!」


全ては新撰組を守るため…


私は雷に打たれたように立ち尽くした。

全身に震えが走り、総毛立つ。


まことは裏切り者と蔑まれる覚悟も、敵だけではなく仲間に殺される覚悟も…何もかもを失う覚悟をして身を引いたのか…!

…なんてことだ…!

自分の気持ちだけにとらわれて…真実を何一つ見極められなかった。

こうして斎藤さんに言われるまで、考えも及ばなかった…。


私はただうなだれてうつむくことしかできなかった。


「だから俺たちは走らねばならぬ。水瀬は血を吐く思いで守ったんだ。だから俺らは水瀬をこの手で殺すことになっても、水瀬の想いを無駄にするわけにはいかぬのだ…!

こんなところで子供のように震えている暇などどこにもない!

沖田総司!!貴様も武士ならば覚悟を決めろ!」

斎藤さんはいつになく激しい口調で言うと踵を返して去って行った。


私は雷に身を打たれたように立ち尽くした。

水瀬を殺してでも…

その一言に震えが走った。

真実を知っても私たちがとるべき選択は変わらない。

でもまことの想いを受け取った上で、自分たちがその選択に死ぬほど苦しんだとしても私たちは彼女を殺すのだ。

私はその覚悟をしなければいけない。

まことはそれを私達に託しているのだから。


ねえ、まこと…

君は今どこにいるの?

何を思い、どれほどの決意と覚悟をもって新撰組を離れたの?

次に会うとき、私達は君を殺す。

これはきっと避けられない運命。

だから約束する。

きっと君の想いを受け取る。

きっと君の想いをつなぐ。


でもね、ただ一つ願いがかなうのならば…

君に逢いたい。

それは過ぎた願いなのかな?


空にはおぼろ月。

闇夜に浮かぶは枝垂桜。

降りしきる雪のように涙のように花弁が散っていく。

それは永遠に続くように思われた。

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