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虹に届くまで  作者: 爽風
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第一章 11.異質なもの

一通り自己紹介が済むと、土方さんはあたしに今後どんな風にここで暮らすかを説明し、最後に沖田さんと相部屋になることを告げた。

この決定は近藤先生と土方さんが出したものなんだけど、沖田さんは顔を真っ赤にして拒絶した。


「いやですよ!相部屋なんて。」

「しかし総司、今は部屋も手狭だし、どこにも空き部屋はないし、さすがに大部屋で寝起きさせるわけにもいかんだろう。」

「でもなんで私の部屋なんです?土方さんだって部屋空いてるでしょう!」


「「「それはまずいだろ。」」」

それまでやり取りを聞いていた原田さん(佐之と呼んでくれと本人は言った。)、永倉さん、藤堂さんがハモッてさえぎった。


「土方さんと相部屋なんて大部屋以上に危険すぎる。襲われるに決まってんだろ。」

と永倉さん。無造作ヘアに無精ひげ。一重の切れ長な目は完全にヤクザ。

髪とひげをどうにかしたら結構醤油顔のイケメンになる気がするけど。


「土方さんだけずるいぜ…じゃなくて、襲われて土方さんにはらまされたらどうするんだ、そんなら俺の部屋に「佐之さん、話すり替えないでよ」


なにやらとんでもないことを口走ったのがサノさんこと原田さん。ぼさぼさのワイルドヘアを髷にしてるけどやっぱり彫りの深いイケメンで、ただ何故か残念なイケメンという印象。本気なのかボケなのか初対面では計りかねる。


「新入りの隊士がいきなり副長と同室なんて怪し過ぎる。色小姓と思われるだけだ。」

佐之さんをさえぎって唯一まともな意見を言ったのが藤堂さん。色白で小柄。大きめの猫みたいな目はまだ幼さを残していて、女の子みたいだ。


「おめえらは俺を何だと思ってんだ。俺はこいつが脱ぐまで女だって気づかなかったんだ。

こんな色気も胸もねえガキに誰が手えだすか!」

「「「脱ぐ!!??ってやっぱり襲ったのか!!!」」」

「襲ってねえ!この馬鹿野郎どもめ!」


この三バカトリオが!!!

あんたらの関心ごとはそこかい!!

あたしは心の中で猛烈に突っ込んだ。

土方さんは耐えかねたように三人に向かって怒ったけど、ひどすぎでしょ!!

色気も胸もって、あたし女としてどうなんだよ。


「雨と風がしのげればどこでも大丈夫です。幸い色気も胸もありませんので。」

あたしはこめかみがぴくぴくするのを感じながら多少の毒を混ぜて言った。

もうヤケクソであとは野となれ山となれって感じだ。


「まあまあ、落ち着きなさい。話が逸れたが、やっぱり総司の部屋が一番だろう。

今相部屋に出来るのはお前の部屋だけだし、

これは決定事項だ。頼んだぞ、総司。」

「先生がそうおっしゃるなら…。」

近藤先生が苦笑しながら、この話は終わりだというように言うと、沖田さんはしぶしぶ受諾した。


やっぱりあたしが思っている以上にあたしは異分子で異質な存在なんだなあと思う。

前途多難。







それからあたしは沖田さんについて部屋に入った。

沖田さんは一言も話さない。

沈黙はすごく重苦しくて、沖田さんが黙々と布団を敷く衣擦れの音だけが響いている。

手伝おうとしたら「いりません」と一蹴され気まずさはさらに増しただけだった。

あたしは沈黙に耐え切れなくなって口を開いた。


「…あの…」

「なんです?」

沖田さんは手を止めずに黙々と作業をしている。

「すみません、嫌な思いをさせて…部屋のこととか、入隊のこととか。」

「別に私は上司の命令に従うだけですから。嫌な思いというのは的外れです。」

取り付く島もないというのはこのことだ。

あたしが女だとばれる前は普通に話してくれてたのになんで…?


「…あの「私は」」

あたしがなんとか言葉をつなごうとしたとき、沖田さんはあたしをさえぎって苦虫を噛み潰したような顔をして言った。


「わたしは女子が嫌いです。

そしてあなたは女子です。いくら剣が使えても、どんなに男の格好をしても、あなたは女子だ。

女子に浪士組の、武士の仕事が務まるはずがない。

女子のあなたがこの浪士組の結束を崩すことが私には耐えられない。

だから私はあなたがここにいることに賛成はしません。」


あたしは瞠目した。

完全なる拒絶。

それはあたしが怪しいからではなく、

女だから。


昨日助けてもらったとき、昼間立ち会ったとき、冷たい一面があってもどこか優しい人だと思っていたけど、相手が女かどうかでこんなに変わるんだろうか?

過去に女で、どう痛い目見たか知らないけど、こんなふうに圧倒的に拒絶されるなんてどうなのよ?



男だから

武士だから

力があるから

丈夫だから

それはそんなに偉いことなの?


あたしはふつふつと怒りがわいてくるのを実感していた。

顔に血が上ってくる。

それは女だからというだけで拒絶されたことへの怒りでもあったし、

自分の身におきた理解しがたいタイムトリップという現実、

一人っきりだという心細さ、不安。

帰れないかも知れないという絶望。

そんなもののすべてが今になって湧き上がってきて、抑えきれない激情は怒りに変わり、涙として噴出した。

目の前が揺らいで涙が溢れてくるのが止められない。



勝手なこと言わないでよ!

知らないわよ!!

好きで、こんなところにきたわけじゃない!



あたしはこちらを見ようともしないで着物の整理をしていた沖田さんの肩をつかみこっちに向けると、不意のことで驚いている沖田さんを尻目に怒りに任せて背負い投げをかました。


「男が何ぼのもんじゃ!勝手な言うんじゃないわ、よ!!!!」


沖田さんはきれいに回転して布団の上に仰向けになった。

何が起きたのかわからないというような顔をしていて、切れ長の瞳をめいっぱい開いている。


「女女って馬鹿にしないでよ。

あたしはあたし。女とかそんなもんの前に水瀬真実って一人の人間よ。

女だ男だなんてそんなつまんないもんに縛られて何が武士だ、笑わせんな!!!

あたしは自分が正しいと思ったことを信じるだけだ!!」


なにが言いたいのかわかんないけど涙がぼろぼろあふれてくる。


完全な八つ当たりだ。

この時代の価値観では女と男の間には現代では考えられないような壁があるに違いなくて、

そこにあたしの価値観をぶつけて、さらに暴力(背負い投げ)で相手を抑え込むなんて…。

ああ、あたし最低だ。


「…ごめんなさい。」


冷静になると急に頭が冷え冷えとして自分のしたことが猛烈に恥ずかしくなってくる。

あたしは自分の置かれている状況が納得できなくて、駄々こねてる子供みたいだ。


沖田さんは相変わらずあたしを驚いたようにまじまじと下から見上げていた。

受身も取れてないはずだし、どっか骨とか折ってないか急に心配になってくる。


「…あの…どこか痛めましたか?」

「ぶっ、あははははは」


沖田さんは弾かれたようにお腹を抱えて笑い出した。

今度はあたしがびっくりする番だ。

笑いながら体を起こしあたしと目を合わせる。


沖田さんのその瞳は楽しいイタズラを見つけた子供みたいにキラキラ輝いていてすごくあどけなく見える。


「ほんとに変わった人だなあ。」

「は?」

「私は女子は苦手なんですよ、それこそ触れられるのも嫌なくらいに。

なのにあなたときたら、

私と剣で互角に張り合い、

私を投げ飛ばすなんて何者なんですか?

男の子だと思っていた人が実は女で、自分でも驚くくらい落胆したんです。

それはせっかく仲良く慣れるかも知れないのに、相容れないだろうなと思うからで。

こんな怪しいやつなのに、自分でも不思議なくらいですよ。」


沖田さんは面白くて仕方ないと言ったようにくつくつ笑っている。

それは冷たい意地悪な笑いではなく、こちらまで笑ってしまうようないたずらっ子みたいな笑顔で、浅黒い顔に浮かぶえくぼが妙にかわいらしくてあたしも顔を緩めて笑った。


「総司と呼んでください。」

「え?」

唐突に沖田さんが言ったものだから、あたしは首をかしげた。

「たぶん水瀬さんとは年もそんなに変わらないでしょう。敬語も要りません。」

なんだかうれしくなって笑顔で頷いた。

「だったら、沖田さんも…総司も私のこと”まこと”とか”まこ”って呼んでください。敬語もなしで。」

「はい、まこと。」


雨降って地固まる。

そんなことわざがあたしの中に浮かんだ。


ねえ、お母さん、

あたしはここではすごく異質な存在だよ。

でもあたしはあたしなりに自分のできることをして、精一杯誠実にその人と向きあっていけばいいのだと思う。

だから見守っていてください。

この遥かなる時を越えた空の下で。



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