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虹に届くまで  作者: 爽風
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第十一章 12.雨宿り

「お前何やってんだ、こんなとこで。」

土方さんは切れ長の目を少し見開いて困惑しているようだった。

一年ぶりに会う土方さんは少しやせていて、でもそれが逆に渋みを増していて、悔しいくらい精悍でかっこよかった。

「土方さん…。」

何か言わなければと思うのに、あたしは言葉が続かず、またもや視界が揺らいだ。

うれしかった。

ただ、この人に逢えたことがうれしかった。

きっとこれは神様がくれた優しさだと思う。

あたしがこの人に逢うのはきっとこれが最後だから。

「…まったく、世話が焼けるな。」

仕方なさそうにぶっきらぼうに言い、土方さんは自分の羽織をふわりとあたしにかけてくれた。

春の雨で、冷え切ったあたしの体を土方さんのぬくもりを包む。

「すみません…。帰りに雨に降られちゃって…。」

寒さで歯の根が合わずに声が震える。

「それじゃあ帰れねえだろ。着物が乾くまで近くで休んでけ。」

土方さんはそういうとあたしの手をつかんで立たせると歩き出した。

つかまれた手首が熱い。

あたしは動揺してあわてて言った。

「…大丈夫です。帰れますから…。」

土方さんはちらりとあたしに目をやると眉をしかめて言った。

「そんなかっこで返したら山崎も困るだろ。まったく…いいから黙ってろ。」

「…はい。」

有無を言わせない口調にあたしは黙って従うしかなかった。


あたしたちはそのあと一言も口を利かずにただずっと雨の中を歩いていた。

そしてぽつんと一軒だけ建つ小さな「貸座敷」と看板に書かれている建物の前に来た。

正直寒さはピークに来ていて震えが止まらない。

土方さんは少しだけ眉をしかめたけれど貸座敷のご主人を呼ぶとあたしの着物が乾くまで部屋を貸してくれるように頼んだ。

ご主人はぬれねずみのあたしを見て怪訝そうな顔をしたけれどそのまま部屋に案内してくれた。

案内された部屋は少し奥まっていて、薄暗い。

「ただいま御着換えの着物と灯りを持ってきますさかい、お待ちやす。」

ご主人の足音が徐々に遠ざかっていくのを聞いてあたしは口を開いた。

「すみません。ご迷惑おかけして…。」

「いいから着換えて今日は休んでけ。山崎には連絡しておくから。」

「はい。」

さすがに夕方近くになって暗くなってきたし、まだ雨も強く降っている。

気温もこれからまた下がるだろうと思ったら、この中を帰る気はしなかったので土方さんの言葉に甘えることにした。

「水瀬…おま「お待たせいたしました。」」

土方さんが何かを言おうとしたのを貸座敷のご主人の声で遮られる。

「こちらがお着物です。灯りはもうつけましたさかい、お部屋にどうぞ。」

ご主人は人のよさそうな笑顔で言うと去って行った。

あたしは部屋のふすまを開けると、目の前の光景に絶句した。

「!」

目の前には蒲団が一組。

そして枕が一つ。

これは…

この見覚えのある光景は…

まさかここって

盆屋!?

「土方さん…」

あたしは助けを求めるように土方さんを見ると、土方さんは何でもなさそうに言った。

「なんだよ?」

「ここって…」

あたしはそのあとが続かない。

「盆屋だが何か問題あるか?この辺にほかに宿屋はねえし、別に寝るだけなら何の問題もねえだろ?」

何の問題もないって…大ありでしょ。

もしかして土方さんてすごく無頓着なんだろうか…。

あたしはシリアスな気分も吹き飛んでしまった。

「ほら、突っ立ってねえで、早く入って着換えろ。俺は飛脚に文を書いてくるから。」

土方さんはあたしに着物を押し付けるように渡すと踵を返して大股で歩いて行ってしまった。

そのとき、去っていく土方さんの耳が赤いことにあたしは気付いてしまい、思わず笑みがこぼれた。

土方さん、あたしが動揺しないようにわざと何でもないように言ってくれたんだ。

小さな不器用な優しさに心がほっこりとあったかくなった。


あたしは部屋に入ると、濡れて重くなった着物を脱いで、持ってきてもらった襦袢と着物に袖を通した。

着物は薄紅色で、桜の模様が散らしてあってかわいらしかった。

そういえば…女の姿で土方さんに会うのは遊女の密偵の時以来だ。

だからあの時、土方さんは驚いていたのか。


「水瀬、入っても大丈夫か?」

土方さんが帰ってきたらしい。

「はい。」

土方さんはふすまを開けてあたしを見ると一瞬目を見開いた。

「どうしました?」

「いや…何でもねえよ。

それより飯と風呂も用意してくれるらしいから、風呂先入ってこい。」

なんだか土方さんがそんなことを言うなんて夫婦みたいで気恥ずかしかった。

「じゃあ、お言葉に甘えてお先に失礼します。」

あたしは赤くなっているであろうことを悟られたくなくてぺこりと頭を下げて足早に部屋を後にした。

部屋を出ると一気に動揺が覚める。

馬鹿みたい…

こんなことで動揺して…


湯船につかるとかじかんだ足先や手先までびりびりと熱が伝わってきてほぐして生き返るようだった。

「ふう…」

風呂桶の端に顎を載せてため息を一つ。

あったかいな…。

まさか土方さんと盆屋に泊まることになるとは思わなかった。

恥ずかしくてうれしいような複雑な気分。

でも浮かれてる場合じゃない。

だってあたしは十日後には新撰組を裏切るんだから。

土方さんに気付かれないようにしないと。

笑って今までどおりに…不信感を持たれないように。

「よしっ」

あたしは頬を一つたたいてお風呂から上がった。


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