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虹に届くまで  作者: 爽風
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第十一章 7. 武士のとる道

盆屋での張り込みからしばらくして、山崎さんは出張から帰ってきた。

何やら難しい顔をしていて、せわしなく動き回っていることが多かった。

組で、何かあったんだろうか?

あたしは何やらいやな予感がしていたけれど、何も言い出せなかった。


その日、朝餉を済ませると、あたしは繕いものをしていた。

山崎さんが広島から着て帰ってきた着物はあちこちに切り傷があってあたしはちくちくそれを繕っていたのだ。その傷は物騒な旅を思わせてあたしは無意識に眉を寄せた。


「お倫、仕事や。黒谷にこれを届けてくれ。」

不意に声をかけられて振り返る。

山崎さんが柱にもたれかかって手紙をあたしに差し出していた。

「呆けた顔すな。お前までピリピリした顔してこっちまで鬱々した気分になるっちゅうねん。」

山崎さんは眉を下げていつもと変わらない憎まれ口をたたいた。

「山崎さん…新撰組で何かよくないことでもあったんですか?」

あたしは我慢できずに山崎さんの袖をつかんだ。

「気にせんでいい、ゆうても無理やろなあ。」

山崎さんは苦笑しながら座ると低い声で言った。

「家茂公がご病気や。それもあまり芳しくない。」

「えっと将軍様…ですか。」

「そや。今のこの情勢で将軍様が倒れられたんは幕府にとっては頭の痛い話なんや。

それと伊東甲子太郎、あの人がなんやたくらんどる。きな臭いこっちゃ。」

将軍が倒れるってことは幕府全体の屋台骨が揺らぐってことなんだ。

将軍の病気、そして桂が言っていた一橋公の暗殺。

幕府は一気に崩れる。

そして伊東参謀。

あの策士がまたどんな罠を張り巡らしているんだろう?


「わかりました。えっと、この手紙を黒谷に届けるんですね。」

あたしは話題を切り上げて、山崎さんから手紙を受け取った。

ちなみに黒谷とは新撰組のオーナーである会津肥後守松平容保様がいらっしゃるのだ。

監察の仕事をするようになってからあたしは黒谷に出入りするようになった。

初めは女のあたしが新撰組にいることにすごく驚いていたけど、そこはさすがにあの荒くれ者たちを束ねているだけあって肝が据わっていらっしゃった。

最近では手紙を届けに行くたびにねぎらいの言葉をかけてくださる。

まだお若いけれどさすがだなと思う。



「では行ってまいります。」

あたしは山崎さんに挨拶をすると門扉をくぐって外に出た。


しばらく朱雀大路を行くと荒れたあばら家なんかが目に入るようになる。

京都の町は禁門の変の大火の後から大きく様変わりをした。

天皇の御膝元ということを差し引いても幕府に対する信用や尊敬は薄れつつあるように感じるのだ。

そこかしこに時代の不穏な波が垣間見えるようで、不安を掻き立てる。

もう少しで黒谷だというところ近づいたころ、男のどなり声が耳に届いた。


「何をする!無礼な!」


あたしはその声に振り向き人だかりになっているほうへ近づいてみた。

そこには4,50くらいのでっぷりと太ったタヌキおやじが顔を赤くして息巻いていた。

脂ぎった顔が気持ちが悪い。

「も、申し訳ありません!どうぞお許しください!」

地面に女の人が震えながら手をついて謝っているのが見えた。

「ならん!このガキは無礼にもこのわしにぶつかって羽織に水をかけたのだ。無礼打ちじゃ!!」

男は息巻いて怒っている。

よく見ると女の人の近くには5,6歳の男の子が泣きながらお母さんらしきその女性の袖をつかんでいる。

そんな!!

たかが水かけたくらいで…!

子供のミスなのに…


これが身分?

これが武士?

これが新撰組のみんなが守ろうとした幕府?


こんなの許されていいはずがない!


あたしは思わず一歩踏み出したその時、


「お待ちください!」

聞きなれた声の先には、


左之さんと平助君がいた。


「なんだ貴様らは!!」

男は顔を真っ赤にしていきり立っている。

「拙者は京都守護職御預新撰組十番隊組長原田左之助と申すもの。どうかそちらの親子をお許し願いたい。」

「同じく新撰組八番隊組長藤堂平助。貴殿への非礼はもっともなことなれど、どうぞお許しお願い申し上げる。」

左之さんも平助君もお腹に響くようなよく通る声で言った。

人垣からざわめきが起きた。


言葉は丁寧だけど、もしもの時は剣を抜くことも辞さない構えだった。

いつもの冗談ばかり言っている二人ではない。

目の前にいるのは守るもののために剣をとる誠の武士。


一分、二分…

沈黙の中にらみ合う視線が火花を放っているようにさえ感じる。


不意に男はにやりと不敵な笑みを浮かべると、剣を鞘に納めた。

「新撰組か、覚えておこう。」

男は踵を返して人だかりから去って行った。


その後涙を流しながら二人にお礼を言う女性に、二人は困ったように笑って足早にその場を離れた。

あたしはそんな二人の様子を影からずっと見ていた。


あの人たちは誠の武士だ。

どんなに時流が崩れようとも、きっと己の信念のもと、守るもののために刀を握るのだろう。

そう思うと心が熱くなるのを感じる。

彼らに恥じぬようにあたしもあたしの誠のために生きよう。

それこそがあたしの唯一の生きる道なのだから。



あたしは手紙を握りなおすと、黒谷へ向かって再び歩き出した。


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