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虹に届くまで  作者: 爽風
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第十一章 6.行く先:土方歳三

門扉のほうが騒がしい。巡察を終えたやつらが帰ってきたのか。

俺は目を通していた書類を文机において顔をあげた。

ふすまの向こうに人の気配。

「土方副長、恐れ入ります。沖田です。ただいま戻りました。」

ふすまの向こうで総司の声がした。

総司のやつか…無事に帰ってきたか。

「入れ。」

音もなくふすまが開くと、総司のやつが膝を進めてきた。

「長州の会合に踏み込み、四人捕縛。一人は取り逃がしました。逃がしたのは…桂小五郎です。

申し訳ありません。」

総司は眉を顰め、苦虫をかみ殺したような顔をして悔しそうにいった。

桂か…やっぱりあいつは一筋縄ではいかねえか。

「捕まえたやつ吐かせるしかねえだろ。

それより、水瀬はどうだったよ?変わりなかったか?」

水瀬との密偵に総司を選んだのはわけがある。

嘘はつけねえが普段の殺気を見せない総司なら山崎ほどじゃあねえがうまく使えば密偵に向いているだろうと思ったからだ。

山崎が近藤さんに附いて広島に出張に行っている以上、こいつが一番だと思った。


それに、こいつははた目から見てもわかるほどに水瀬に会いたがっていた。

こいつにとっちゃ、初めての恋だ。

だから会わせてやりたかった。

こんなことを言えばこいつは怒るだろうか?


「元気でしたよ。お転婆なところは相変わらずでしたけれど。」

総司は穏やかに笑っていった。

穏やかで満ち足りたような優しい顔をしてやがる。

こんな顔をするのは一つしかない。

「ついに抱いたか。」

俺は思い当ったことを口に出していった。

「!何を言うんです!そんなことあるはずがないでしょう!!」

総司は真っ赤になって目を見開いてかみつかんばかりに否定した。

「違うのか?せっかくいい機会をやったのによ。」

俺は意地悪く笑っていった。

「土方さん!悪い冗談はやめてください!まことは新撰組とともにあろうとしているんです。そんなのは彼女にとって侮辱です!!」

総司は俺に詰め寄ってどなった。

俺は総司の手を払いながら言った。

「…昨日、近藤さんから文が来た。よくねえ知らせだ。」

「え?」

「いつ戦が始まるかわからねえ。あいつは確かに強いが女だ。しかもこの時代に何の後ろ盾もねえ。

もし何かあった時のために新撰組以外で生きる手立てをそろそろ考えるべきかと思ってな。

あいつを…本当に抜けさせようかと考えている。」

そうだ。

俺たちが追い風に乗っているときは新撰組と共にいてもいいだろう。

だが時代の波がどうやら俺らを嵐に巻き込もうとしている。

もしかしたらとんでもない危険な目にあいつを合わせるかもしれねえ。

それをあいつは望まねえかもしれねえが、だが先はどうなるかわからない。

その時のために選択肢を残しておきたい、そう思った。

総司か、斉藤のどちらかに、あるいは新撰組とは何のかかわりもない人間にあいつを託したい。

近頃そんな風に思うようになった。

俺らしくねえが、時代は必ずしも俺らに味方をしないだろう。

「…なら、なぜ貴方がそうしないのです?」

総司がのどから声を絞り出して言った。

「俺は新撰組の副長だ。」

「そんなのは言い訳です!私だって一番隊組長です!

本当に彼女のためを思うのなら、あなたが彼女をすべての危険から守って幸せにしてあげてください!

土方さん、私は…まことに惚れてます。一生をささげたいと思うほどに。

土方さんもそうでしょう?あなたもいい加減に認めてください。」

総司はまっすぐに俺を見て言った。

曇りのないまっすぐな目をしていた。

こいつは昔から小生意気な餓鬼だった。

人の心を見透かすようなそんなことばかり言う。

水瀬に惚れてるか…?

惚れている。

それは揺らがない事実。

だが俺は守れない、守らない。

水瀬か、隊かと問われれば、俺は間違いなく隊をとる。

選ぶとかそういう次元にはすでになく、もはや新撰組は俺にとっては宿命、命そのもの。

だからどんなことがあっても俺は新撰組をとる。

「…惚れてる。そういえば満足か?」

「!」

「総司…俺はあいつを幸せにはできない。だがお前ならできる。いざとなったらお前か斉藤が、あいつを新撰組から抜けさせろ。」

「できません。」

「総司!」

「貴方はまことの何を見てきたんですか!!まことだって貴方に惚れてる。

でも彼女は何も望まない。遠くで幸せになることよりも、近くで辛苦をともにすることを彼女は選ぶはずです!私がそうすることで彼女が本当に幸せになるのなら、私はとっくに思いを告げて娶っています。

それをしないのは、まことが望まないから。どんなことがあっても、ともにいられずとも、まことは貴方だけを感じて生きている、貴方の誠を、志を感じて同じ方向に走っていくことだけで、彼女はあんなにも笑えるんです。」

総司は泣きそうな顔で俺の胸倉をつかんだ。

「…」

何を見てきたのか…か。

俺はあいつの恋心をさんざん利用して…危険な目に合わせて…。

あいつを幸せにする資格なんてどこにもない。

あいつは望まない。

ただ一つ新撰組と共にあること以外は。

そのことだけがあいつの幸せなのか?


俺は近頃思うことがある。

あいつはもしかしたら元の時代に戻ることも可能なのではないかと。

根拠はない、俺のただの勘でしかないが、直感で感じるのだ。

いつの日か、そんな日が来るかもしれない、その時、俺はあいつをけがさせないで、傷つけることなくあいつを家族や友人のもとへ、もしかしたらこの先出逢うはずの恋人のもとへ返したい。

そんな風に思うようになってきたのだ。

その時まで、あいつが還るその日まで、幸せにただ安全にあいつを守ってやるそんな存在がいると思うのだ。

あいつ自身は望まないかもしれない、でもあいつには傷つかないでほしい。

自分勝手なことを言っている、総司にも酷なことを強いているのかもしれない、でも俺があいつにしてやれる精一杯だから。


俺たちはそのあと一言も口をきかなかった。

晩秋の北風が扉の蝶番を軋ませ、まるで悲しい悲鳴のような音を立てていた。

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