第十一章 5.再会、憂国の志士
その翌日、あたしたちの間には昨日までのわだかまりはなくなって、静かな、けれど完結した空気が流れていた。
「おはよう。」
「おはよう。」
あたしたちは小さく笑って穏やかに挨拶を交わした。
と、その時階段の下から人の気配が伝わってきた。
しいて言えば殺気のようなもの。
「「!」」
きた!
ビンゴだ。
あたしたちは目くばせを交わした。
総司の目から優しさが消えて、凍えるような冷たい武士の目になった。
きっと今夜あたり何かが起きる。
そんな予感がした。
*
総司が調べた結果、討幕派の会合に間違いなさそうだとのこと。
人数は5人。
あたしたち二人でぎりぎりといったところか。
「まことはくれぐれも無茶しないで。って言っても無駄なんだろうな。」
「大丈夫、剣の腕は衰えてないから。」
あきらめたように苦笑しながらいう総司にあたしは不敵に笑って答えた。
「頼りにしてるからね。お倫さん。」
*
夕闇があたりを覆った。
あたしは久しぶりに単と袴をつけて髪を結わえ、芹沢先生からもらった脇差しを手に総司とともにふすまの前に準備した。
「まったく幕府のぼんくらどもめ!こんな弱腰だからメリケンの天狗どもに侮られるのだ。」
「声を抑えよ。かの禁門の変以来われらは天下の朝敵になりつつある。時期を待て。
桂先生がおっしゃったように今は下準備を重ねて力を蓄えるべきだ。」
「この際将軍を排してでも…!」
「若い者は血の気が多くて行けない。もっと論理的に、冷静に行かねば、それこそ日本国は滅びる。」
「桂先生…。」
「!」
中から聞こえる声にあたしは声をあげそうになった。
この低くて他を圧倒するような威厳のある声…
桂小五郎だ。
前に遊女として身請けされて日本の未来やあり方について語られた。
その圧倒的なカリスマ性は鳥肌が立つほどだった。
こんなところで会うなんて…。
「よく考えてみなさい。ここで無能な将軍を排したとてなんの得もなかろう。幕府の中で今一番厄介なのは一橋だ。あれは頭もよければ才気もある。排するとしたらあれであろう。」
ちょっと厄介かも。
桂がここにいるってことは取り巻きもそれなりに腕の立つのをそろえてるってことだし。
でもここで引くわけには行かない。
一橋公ってのちの徳川慶喜だよね。大政奉還して幕府に無血で幕を下ろす人だ。
あの人がいなければこの先もっと血が流れる。
だからだめだ!
ふと顔をあげると総司が力強く頷いた。
そうだね、大丈夫だ。
一人じゃないから。
きっと大丈夫だ。
行こう。
総司は思い切りふすまを開けた。
「御用改めである!新撰組一番隊組長沖田総司、参る!!」
「同じく新撰組隊士水瀬真実参る!」
あたしは高鳴る心臓を抑えて言った。
この新撰組の名を口に出せることがあたしの心をこんなにも強くする。
だから負けない!
中の人たちは突然のことに驚いているようだ。
勝った、そう思った。
喧嘩は初めが肝心。それでほとんどが決まる!
そう言ったのは佐之さんだった。
あたしたちは互いに背を向け、切りつけてくる敵を向かい撃った。
総司は舞うように剣を扱い、あたしは速さで敵の懐に飛び込んでは急所を外して切りつけた。
キン!
ガキャ!
金属のあたる音。
舞う火花。
いつしか、立っているのは、あたしたちと桂だけになっていた。
「思わぬところで再会したね、華雪、いや、水瀬君とお呼びしたほうがよいかな?
そして初めまして、沖田総司君。君のうわさはかねがね聞いている。新撰組の人斬り鬼と。」
桂はさしてあわてることなくあたしに向き直った。
「ご無沙汰してます。桂先生。」
あたしもまた心は静かだった。
「光栄ですよ、名前を憶えていただけて。」
総司もまた静かに言った。
悲しいこともつらいこともあれからたくさんあった。
でもあたしは負けない。
こんなところでこの人に負けたくない。
「相変わらず潔いいい目をする。君を手放したことは今でも悔いているよ。君のおかげで、私たちは多くの同志を失い力をそがれたのですから。」
桂は不敵に笑った。
「あたしの生きる場所は今も昔も、これからもずっと新撰組だけだから。」
あたしは間合を詰めて一気に斬りこんだ。
桂はそれを難なくかわすと窓のふちまで下がって一気に外へ飛び降りた。
「また会おう、華雪、その時は今度こそ私のものになってくれ。」
憎たらしいくらいの余裕の笑みを浮かべて桂は走り出す。
「しまった。まことはその人たちに縄をかけて。私は桂を追う!!」
総司もまた窓からひらりと飛び降りると後を追った。
見る見る間に二人の影は見えなくなっていく。
あたしは桂の取り巻きたちを手当てしながら縄をかけると慌てふためく女将に事情を話し、西本願寺に連絡を取ってもらった。そうこうしているうちに総司が帰ってきて、桂を取り逃がした旨を言い、悔しそうな顔をした。
あたしは何となくそうなるだろうと思っていた。
だってあの逃げの小五郎だもの。
あの人もまた本気で日本を想う憂国の志士だから。
だから目的のためにはどんなに逃げてもどんなに辛酸をなめてもきっと最後まで走り続ける。
そういう人だ。
あたしは後の処理を総司に任せ、手早く着物を着換え、髪を結わえると新撰組のみんなに会う前にするりと盆屋を滑り出た。
時代は動いている。
どうすることもできぬほどに。
冷たい晩秋の風に吹かれながらあたしはいやというほどそのことを実感していた。