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虹に届くまで  作者: 爽風
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第十一章 3.君…愛おしくて:沖田総司

眠れない。

私はお隣のまことを起こさない様に少し身を動かした。

なんで一緒の布団に入ることを承知してしまったんだ。

私は自分の選択を激しく後悔している。


それは時を遡ること一刻ほど前。

今日のところは不審な動きがないので、床をとって体を休めることのしたのだけれど、私たちは今夜の床をどうするかでもめていた。

病気なんだから、一人で休むべきだという私と、連日一人で床で寝るのは体力的にも心配だし、夫婦と銘打っている以上不自然だと言うまこと。

結果的には私が折れたわけだけど、襦袢一枚でしかも寝相悪く私にくっついてきたりするまことの隣で眠れるはずがない。挙げ句の果てに高い枕は眠れないって言って、布団に直接頭をおいて眠っている。


その横顔は穏やかで、長いまつげが頬に影を落としいる。整った鼻筋とふっくらとした口元を月の光が照らす。神々しいくらいに完成されているのに、どこかあどけなくて愛おしい。

「ん…」

私に背を向けて寝返りを打った。

髪が背中に滑り落ちてその拍子に月明かりに照らされたうなじが目を射抜き私はいたたまれなくなってごろりと上を向いた。

天井の木目を何ともなしに見ながら取り留めのないことを考える。


夫婦か…。

なんて言うか、くすぐったくて少しだけ胸にチクリとしら痛みが走る。

どこまで行ってもそれは偽物で、任務上仕方なくのことなのだけれど、「妻」その永遠に言うことは出来ないその一言を口に出せたことは切なくもあり、嬉しくもあった。

別に夫婦になりたいなんて思ったことはない。

自分にとっては新撰組が、近藤先生が一番で、そのために死ぬと心に決めている。

ならば俗世の未練になりうる妻や子などいらない。

なのに、このまがい物の夫婦という器にどこか喜んでいる自分がいた。


私が身じろぎした拍子に手がまことに当たりまつげを震わせて目を薄く開けた。

「ごめん、起こした?」

「ん…眠れない?」

まことはかすれたような声で私に問う。

「少し…おなごと床を一緒にするなんて今までなかったし。」

私は照れ隠しに小さくつぶやいた。

「あたしは…初日の夜を思い出すよ。

ふふふ、総司のへやでやっぱり布団はひと組み敷かなくて一緒に寝たね。

あれからもう二年半以上経ってるなんて信じられない…。」

誰にともなくそう言うと、ゴロリと私の方を見てくすくすと小さく笑った。


その頬に小さなえくぼを見た瞬間、私は鼻の奥がつんと痛くなり、急に胸に突き上げるような鈍い痛みが走った。

私は堪らずにまことの華奢な身体を抱きしめた。

「!」

まことが息を呑んで身体を強張らせたのを感じたけど私も自分がしたことが信じられなかった。

ただこの衝動をどう言い表せばいいのかわからなかった。

ただ狂おしいほど愛おしくて、たまらない。そんな感情…。

ドクンドクン…

お互いの心臓の音が身体を通じて聞こえる。


ただこのまま時間が止まってしまえばいいと感じる。


どれくらい時間が経ったのかまことが身じろぎしたのを感じ、私は我に返る。

「ごめん…!」

私が慌てて身体を離そうとした瞬間、

「!」

信じられなかった。

まことは私の背中にぎこちなく手を回して優しく背を叩いた。

それは記憶に朧げな母の手ににていて、私の涙腺をさらに緩ませた。

まことは何も言わなくて…ただ一定に私の背を叩いた。

まるで幼子をあやす母のような優しさで。


でもこの沈黙が全てを語っている気がした。

きっと彼女は誰の想いも受け取ることがないだろうと。

それは例え土方さんであっても、きっと結ばれようともしないだろうと。

彼女は私たちと共に志のもとに走ることを決めている。

だからこんなにも凛と澄んだ微笑みを浮かべられるのだ。

私は妙に納得した。

彼女の笑みが山南先生の最期の笑みと似ているのを。

死の際にいるからじゃない。

揺らぐ事なくその道を決めているからなのだ。

この凛とした笑みは道を決めた者だけがもつものなのだろう。


もしまことに怯えられたり怖がられたりしたら、きっと私は自分の想いを伝えてしまっていた。

無理やり自分の気持ちを押し付けていた。

でもこの優しい沈黙はまこと決意を感じさせ、けれども愛おしさなお増した。

愛してる…と思う。

この狂おしいほど激しくて、でも優しくて柔らかなこの気持ちを人は愛と呼ぶのだろう。

願わくは幸せにしたい。

でもまことをおなごとして幸せにすることよりも今は共に走れることの方が何倍も嬉しいと思う。


私は再びまことに向き直り今度はそっと抱きしめた。

激しい感情じゃない。

ただただ愛おしくて大切で、今この瞬間の幸せを私はきっと生涯忘れないと思った。



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