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虹に届くまで  作者: 爽風
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第十一章 1.新たな仕事

あれからめまぐるしく時が過ぎた。

新撰組はその本陣を西本願寺に移転し、土方さんと伊藤参謀が東下して新しい隊士を募集し新撰組はその人数を100あまりに増やした。

世間はと言うと年号が元治から慶応へと変わり、京都の街では相変わらず攘夷の名の下に天誅といっての辻斬りの嵐が吹き荒れていた。

季節は流れ、あっという間に桜が散り、鼓膜の震えが感じられるほどの蝉時雨が降り注ぎ、それが止んだと思ったら、何時の間にか赤トンボやオニヤンマが野山を飛び回るようになった。


あたしは山崎さんとうまく暮らしている。つかず離れず喧嘩したりしながらもパートナーとしてうまくやってると思う。監察の仕事も中々慣れて来て不逞浪士の摘発の為に張り込んだり隊士の素性を調べたり中々忙しい毎日を送っている。

ここでのお倫という呼び名もすっかり違和感がなくなってもう山崎さんも私のことを水瀬と呼ぶことはなくなった。

新撰組の誰ともあってはいない。

ただ街に出た時に巡察中の皆を遠くから見るだけだ。

どうぞご無事で。そんな風に心の中で思うだけだった。


「お倫、仕事やで。」

「はい」

山崎さんが仕事の顔をしている。

あたしも気を引き締めた。


今回の仕事は長州浪士の会合場所と思しき場所に張り込むのだということだった。

ただその場所というの盆屋という場所らしいのだけど、宿屋みたいなもんやといったまま山崎さんは教えてくれない。しかも山崎さんと夫婦役になって張り込むのかと思ってたら、山崎さんは近藤先生と広島出張に出かけるらしいので、総司と組んで今回のミッションをする事になった。

斎藤さんか総司とという事だったけれど、普段あまり殺気を見せない総司の方がいいと山崎さんは判断したらしい。


筋書きとしては、あたしと総司は夫婦で子宝祈願のたびの途中で体調を崩して盆屋に世話になる事になったという筋書きだった。

子宝って…なんか生々しいと思ったけど、リアルに見えるから大丈夫だと言われた。

しかも総司と夫婦役なんてちょっと気恥ずかしい。

でもこれは仕事な訳だしとにかくつつがなくやんないと。

でも動揺は総司の方が激しくてなんだかかわいそうになった。

「私は密偵なんて向かないのに…。」

「大丈夫だよ。あたしは夫婦役はよくやってるからさ。」

狼狽する総司にあたしはそんな明後日の方向の答えしか出来なかった。

そうしてあたしたちはそれから一週間後総司と夫婦になって京の外れの盆屋とやらに出発した。



「この辺になるともう家もまばらだね。」

「うん…。」

「ここを抜けると東海道に続くんだって。」

「うん…。」

あたしはこっそりため息をついた。

さっきからずっとこんな感じだ。

なにが気に入らないのか「うん」しか言わない。

仮にも夫婦なんだからもっと仲良さげに見せないと、現場に入った時にぎこちなくなるんだけど。

総司はあたしに目を向ける事なくずんずん進んで行く。

女性の着物に慣れたとはいえやっぱりそんなにはやくは歩けないのに、あたしは競歩並みの早さで総司を追いかけるのだけど、すぐにどんどん離される。

小走りになって追いかけたその時、草鞋の緒が音を立てて切れた。


「あっ!」


あたしはまえのめりになって地面に手をつく。

砂利が手のひらをこすり,ピリリとした痛みが走った。

ああ、こんな時に!

あたしは眉を顰めて鼻緒を直そうとするのだけれど、なかなか上手く行かない。


「まこ…お倫、すまない。気がつかなくて。」


何時の間にか総司があたしのまえにしゃがみこんで困ったように笑い、草鞋を直してくれた。

あたしはその間近くの石の上に腰掛けて総司が器用に草鞋を直すのを見ながら思い切って口を開いた。


「ねえ、何か怒ってるの?あたしは自分に与えられた仕事をきちんとやりたいと思ってる。だからなんかあるなら前以て言って欲しい。総司とはわだかまりなんて残したくないから。」


総司はまじまじとあたしの顔を見つめてからきゅっとその切れ長の目をまたすこし細めて困ったように笑った。


「ごめん、そんなつもりじゃないんだ。ただ夫婦役なんてちょっと気恥ずかしいし、まして盆屋なんて…と思って動揺して黙ってしまった。すまない。仕事なのだからきちんとするよ。」


盆屋ってそんなに動揺するところなんだろうか?


「ねえ、そもそも盆屋って何?」

「!」


総司は目をいっぱいに見開いて絶句し、みるみるうちに顔を赤くした。


「山崎さんは行けばわかるって。」

「あのね…盆屋っていうのは…男と女が…その…する…。」


ごにょごにょと歯切れが悪くいう。

男と女が何を…

!!!

それに気づいた瞬間顔に血が登るのを感じた。


ああ、総司が言い淀むのも無理ないかも…

盆屋っていうのはラブホの事なんだ…。

ああ、あたしってばなんて無知。


「あー…そゆことね。ごめん、あたし知らなくて…そりゃあ嫌だよね。」


「あー、まことは未来から来たんだった。

すぐ忘れちゃうんだよ。こっちこそごめん。

でもちゃんと任務遂行しなきゃね。」


そう言って総司は小さくため息をつくと直してくれたあたしの草鞋をおき笑って手を差し出した。


「行きましょうか、お倫。」

「はい総司様。」


あたしは照れくさかったけど総司の手をとって歩き出した。

今からあたしたちは夫婦。

絶対ミッション成功させる!

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