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虹に届くまで  作者: 爽風
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第十章 6.介錯、武士の涙:沖田総司

夕刻、重い曇天の雲間から血の様に赤い夕焼けが射し込んできた。

切腹は夕刻か夜と決まっていた。

今日の朝、近藤先生と土方さんが脱走の真意について詮議したけれど、山南先生はただ笑って自分のけじめの問題だと言うだけだった。

もう決めているのだ。

山南先生は。

昨日先生は屯所を出た時から、否、もうずっと前から己の死に方を決めていたのだろう。山南先生は己の誠を貫く為に死にに往くのだ。けじめなのだといった山南先生の顔は死に往く覚悟をした者のそれで、凛とした静謐がそこにあるだけだった。その笑顔はなぜかまことが時折浮かべる儚い笑顔に似ているきがした。そしてその時に悟ってしまったのだ。もう同じ道を歩くことは出来ないと。そして道すがら介錯を頼まれたその頃にはもうそれがずっと前から決まっていたかのような妙な錯覚をしてしまった。

だから私は揺らがない。

最期の時を託してくださった山南先生に精一杯の感謝と尊敬をもってこの役目を努めるのだ。

昨日まことと二人で話していた時山南先生は何を話したのだろう?

まことは未来から来ているから私達の最期を知っているのだと言う。それはなんと過酷な道なのだろうか。だから山南先生のこのことも知っていてどうにかして来るべき運命を変えようとしたのだ。

途切れ途切れに聞こえたのはまことの悲しいくらい必死にすがる声だけだった。

でも別れる時にはもうまことは泣いてはいなかった。

精一杯の輝くような笑顔を浮かべて山南先生を見送ったのだ。

"あの子はなんて女子なんだろうね、彼女の誇り高い凛とした潔さがあったから私は今こうして自分の誠を貫ける。水瀬君に会えて本当に…よかった。"

山南先生はこう言って笑った。


「沖田先生、時間です。」

「承知しました。」

わたしは正座を崩すと黒い羽織袴を身に付けると紐でたすきがけにして立ち上がった。

目の前の愛刀を手にし、部屋を出た。

垂れ幕で覆われた囲いのなかに入ると、一連の手順をふんだ。

山南先生は無紋の白装束に浅葱の切腹裃を身につけて静かに穏やか微笑んでいた。

近藤先生と土方さんが並んでそこに居た。

これから死にゆくものと生きるもの。

昨日杯を交わした者が今日には彼岸のものとなる…。


この両者の道を分けたものは果たしてなんだったのだろうか。


「近藤局長、最期に一言良いでしょうか。」

「うむ。」

山南先生は大きく息を吸って、よく通る声で言った。

「此度は私如き者に切腹申し仕り真にありがたき幸せ。

我人生にて貴殿に出会えし事至上の喜びにてござればただ彼岸にて再び合間見える事約すのみにござり候。」

皆目を見開いて必死に拳を握りしめて耐えている。

「ふたさしにて頼み申し上げる。」

ふたさしはもっとも痛みを伴う切腹の仕方。

形だけの切腹が多くなっている今、この方法をとるものはほとんどいない。

「承知致した。」

ああ、この人は武士だ。

私は抜き身に水をかけ、八双に構える。

山南先生は白装束を割り肩を出す。

流れるような手つきで脇さしを取り、深々と突き立てた。

私はそれを確認すると、刀を振り下ろすその刹那青眼にした。

山南先生が前のめりになって倒れる。


ドサ


白石に血が染みて赤が目に刺さる。

不思議と心は穏やかだった。

思い出すのは試衞館での泣きたくなるほど穏やかな光の日々。


「かの浅野内匠頭でもこう見事は果てまい…。」

近藤先生は目を伏せて声を震わせて言った。

土方さんは何も言わずに去って行った。

あの人は泣かない、否、泣けぬのだ。


でも大丈夫ですよ、山南先生。

あの人もまた武士ですから。

山南先生、彼岸にてお逢いしましょう。


待って居たかのように空から氷雨が降ってきた.

きっとこれは泣けぬ武士たちの代わりに天が泣いているのだと思った。


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