第一章 9.嗚呼、勘違い!
「水瀬さん、これからとりあえず、副長室に来てください。
近藤先生や土方さんからお話があると思いますから。」
試合を終えて隊士の人たちの質問攻めから解放されて外に出ると沖田さんに呼び止められた。
沖田さんと一緒に副長室に入ると近藤勇と土方歳三が座っていた。
「水瀬君、改めて君を隊士として歓迎しよう。
私は壬生浪士組局長の近藤勇だ。」
近藤先生はいかつい顔を破顔させて自己紹介をした。
黙っているとかなり怖い顔だけど、笑うと目尻にキュっとシワが寄ってとたん人懐こい印象になる。その笑顔はすごく武骨で、でも不器用な優しさがにじんでいた。
「副長の土方歳三だ。怪しい動きをすれば容赦はしない。」
土方さんは相変わらず眉をしかめておもしろくなさそうに言った。
「まあまあトシ、それにしても君の腕には正直驚きを隠せないよ。
総司から1本とるなんて、気迫と言うかなんというか、君は長らく剣を習っていたのかもしれないね。」
あたしは申し訳なくて小さく苦笑するだけだった。
「…そうなのかも…しれません。
でも、あの胴はたまたま足が滑っただけなので、私の実力ではありません。」
「それにしても頼もしい仲間が入ってきたものだ。」
「そうですね、また手合わせをしましょう。
今度は負けませんから」
沖田さんはいたずらっ子のように浅黒い顔を破顔させてえくぼと白い歯を見せて笑った。土方さんのような男前ではないけど優しい人懐こい笑顔だ。
意地悪な冷たい笑顔じゃなくてこんなふうにえくぼをみせて笑うとおひさまみたい。
…!
そのときあたしは気付いた。
沖田総司が結核で死ぬという歴史を。
とういうよりも…新選組がたどる悲惨な運命を。
そんなに詳しく知っているわけではないけれど、でも明治維新があるということは幕府は無くなるわけで、新撰組も歴史の波に飲まれて消えていくのだ。
ここにいる近藤勇も、沖田総司も、たぶん土方歳三も悲しい死に方だったようなきがする。
こんなに普通の人たちなのに…
なのに何年後かは…みんな死んじゃうんだ…。
あたしは、その事実に今更ながら気がつき、愕然としてしまった。
「どうしました?」
呆然とするあたしを見て沖田さんは話しかける。
あたしは暗くなりかけた気持ちを隠してごまかす。
この事実だけは知られてはいけない。
「いえ、沖田さんは昼と夜みたいな人だなあと思ったんです。」
「昼と夜?」
「真昼の太陽みたいな明るい一面と、冴え凍るような冬の夜の月みたいな冷徹な一面です。」
「くすくす、よく人を見る目をお持ちだ。」
ああ、でた。そのくすくす笑い。
「また夜ですね。」
「ところで、水瀬、おまえ総司の木刀肩に受けたろ。
手当てしてやるから着物脱げ。」
「えっ…??」
土方さんの言葉に絶句。
何いってんの。
いくらあたしが男みたいだからってそれはさすがにうら若き乙女に言う台詞じゃないでしょ。
「何赤くなってんだ。きもちわりいな。肩じゃ自分で湿布や包帯まけねえだろ。
総司の馬鹿力受けたらしばらく腕上がんねえぞ。」
って言っても…。
道着の中には晒ししか巻いてないし。
見ず知らずの、っていっても歴史上の有名人だけれども、その人の前で脱ぐのはかなりの抵抗感があるんですけども…
一応嫁入り前だし…
固まっているあたしをよそに、沖田さんと土方さんはじゃれあっている。
「私だって水瀬さんの胴はかなり痛かったですよ。
私の心配はしてくれないんですか?」
沖田さんは唇を尖らせて子供みたいな表情を見せている。
「おめえは頑丈だから大丈夫だ。
殺しても死ななそうなやつなのによ。」
「そんな、ひどい。」
土方さんと沖田さんのやり取りが聞こえるけどやっぱ恥ずかしい。
男の人の前で着物脱ぐなんて…
「水瀬君、ここはトシの言うとおり手当てをしておきなさい。
長引くと後が大変だ。」
近藤先生が諭すように言った。
それはうちのお父さんみたいで…ちょっとほっこりする笑顔に懐かしさがこみ上げてくる。
「はい。」
うん、そうだよね、
折角好意で言ってくれてるのに恥ずかしがるほうが失礼だし。
「ではお言葉に甘えてよろしくお願いします。」
あたしは土方さんに背を向けると袴を少し緩めて稽古着の紐を解いて袖を抜き痣になっているだろう左肩を出した。
「よろしくお願いします。」
「…」
ん?
聞こえなかったのかな。
「あの、お願いします。」
「…」
…!男の前で肌を見せるうら若き乙女の気持にもなれっての!
無視しないでよ!
あたしはしびれを切らして勢いよく後ろを振り向いた。
「あの…!」
そこには
あたしを見て固まってる男子が約3人。
沖田さんなんかは顔を真っ赤にさせて目を見開いて今にも憤死しそうだ。
そんなに動揺するなら最初から言わなきゃいいのに。
確かに痛いけれども、こんなのは日常茶飯事なんだから。
「あの…「おまえ…女だったのか。」」
は…?
はい…?
はいッ……?!!
爆弾発言に今度はあたしは先ほどの恥じらいも忘れて肩をだしっぱにして口を開けたまま固まっていまう。
「は…?いったい何を…」
「なんで黙ってた!!!」
土方さんが渋い顔して怒鳴る。
「は…?」
「おめえ、そんなこと、女だなんて一言も言ってなかっただろ!」
まさか…
あたし…
ずっと男だと思われてた???
マジか!!!!!
確かに顔も中性的だし、剣道ずっとやってたから昔から「男の子みたい」って言われたり、女子の後輩からチョコ貰ったりすることはあったけど、でも、でもですよ。まさか20歳にもなって間違えられるとは思わなかった。
「男だと思ってたんですか…?
どこが?!」
衝撃的すぎて声が震える。
「って、おめえ、疑う余地がどこにあるよ。
稽古着に袴、髪を総髪に結って、剣もつええ。
挙句に名前もまことだろ?
これで胸がもうちょっとでもありゃ疑ってたかもしれんが…
おめえ、ホントに男じゃねえのか?」
ここまで来てまだ疑うか!!!
この野郎!!
暗に貧乳と言われたようでこの上なく不愉快な気分になる。
「貧乳で悪かったですね。
自己紹介するときにいちいち自分が女かどうか言わないでしょう?」
「ったく、なんで女なんだ。」
「女だと何かまずいですか?」
「ここは女人禁制だ!!!
つうか、勝ちゃん、総司、おめえらもなんか言えよ。」
「いやあ、なんというか、見事な男装っぷりだから。」
してないです。
そんなつもりありませんから。
泣きたくなる。
誤解の無いように言っときたいけれどあたしは決して男のフリしてたわけではない。
「…私は…っちょっと…顔洗ってきます!!」
沖田さんは顔を真っ赤にして脱兎のように飛び出して行った。
「「あいつはうぶだからなあ。」」
そこかい!!
違うでしょ、まずは勘違いして嫁入り前の娘の肌を見たことを詫びろよ。
「まあとにかく肩の手当てをしてやるからむこう向け。」
土方さんは苦々しげにそういうと、湿布を貼って包帯を巻いてくれた。
熱をもった肩に湿布のヒンヤリとした感覚が気持ちいい。
手当てが済むと土方さんはあたしにむかってこう言った。
「水瀬、おめえ、男装する気はあるか?」
「えっ?」
「おまえは確かに自分の出自も語れない怪しい奴だし、間者の疑いも晴れてはいねえ。
ココから出して野垂れ死にされでもした日には寝覚めも悪いし、
何より怪しい奴なら手元に置いとくほうが監視もしやすい。
そう思ったからこそここにいることを許可した。
だが女のままでここにいれば、男所帯ゆえにいろいろ問題も多い。
おまえにとっても笑い事じゃすまねえこともでてくる。
そこでだ、おまえが男装するなら、ここに置いてやる。」
「でも、すぐにわかると思いますよ。」
「いや、そのままならばれねえよ。俺ですらわからなかったんだから間違いねえ。」
断言!!!
その断言超失礼なんですけど!!!
「うむ、たしかにそれがいい。」
近藤さんまで!!!
どうする?
男装なんて、20歳超えたあたしができんの?
でもここにいないと未来に帰る方法もわかんないし…
覚悟決めるしかないのか…
「…はい。」
男なんて無理に決まってるのに!!!
一難去ってまた一難。
勘違い、先入観って恐ろしい…。
時代のなせる技なのか、カルチャーショックというかジェネレーションギャップにというかあたしは早くも幕末での生活に暗雲が立ち込めているのをひしひしと感じていた。