離婚ですか。それはそうとして、公爵様はなぜそんなに怒っていらっしゃるんですか?
短編を投稿します よろしくお願いします。
「ソフィア・リバーフォード。今日、この場でお前との婚姻を終わらせる」
大勢の貴族が集う夜会の中央で、夫、レオナルド公爵が私の名を呼んだ。
「今日ですべてが終わりますわね。レオナルド様」
「ああ。これでようやく、私たちの人生を始められる」
レオナルドの隣には、一人の令嬢がいた。
エリス・ベルモント。彼が最近、どこへ行くにも連れ歩いている女性だ。
その顔には、隠しきれない笑みが浮かんでいた。
「なるほど……」
私は扇を開いた。
立派なことだ、と私は思った。二人は私と離婚し新しい人生を始めるという。
それは、両親の作った進路から外れ公爵家から旅立ち、自分たちで自立した人生を行くと決めた。私なら公爵という身分に甘えてしまいそうなのに。
「相当な覚悟がおありのようですね」
私が真面目な顔でそう言った瞬間、周りの空気がなぜか凍り付いた。
「な、何が言いたい……!!」
「ですからお言葉通りの意味でございますわ。レオナルド様。公爵領から二人で旅立ち、新しい生活を始めるということでしょう?」
「貴様……!!」
なんだか、無駄に怒らせてしまった様子。
何か私はおかしなことを言ってしまっただろうか。
「あまり調子に乗るなよ?お前には証拠が挙がってるんだからな」
レオナルド様はバン、と何かを机にたたきつけた。
どうやら、そこにかいてあるのは記録。日付と馬車と、私の名前。
「これは私が王都の人脈を使ってお前の馬車を追跡させた記録だ。お前、ここ半年に高級料理店《銀の鹿》に頻繁に通っているみたいだな」
「まあ、とんだ浪費家ですわね!!」
どうしてこんなにレオナルド様が怒っているのか意味が分からなかったが、銀の鹿という言葉には覚えがあった。確か、国王陛下がとても懇意にしている料理店だ。
私はよく陛下とその一族にそこの店に招待されている。そのことを言っているのなら、私はお金を特には使っていない。
「いえ、私は払っていませんわ」
その言葉にエリスはピクリ、と眉を上げた。
「これは、尻尾を出しましたわね」
「ああ、ということはソフィア。お前は誰かをたぶらかして食事をしていたということになるな。返答次第では……」
たぶらかしていた、ということになるのだろうか。確かに人にお金を使わせていたのはそうかもしれない。
私はなぜか王族の人々に好かれている。特に六歳になる王女リリアナ様には好かれていて、よく宴にも誘われるのだ。
でも相手は王の一族。一公爵夫人である私が行くのは確かにまずかったかもしれない。
私は主人の追求に対して恐る恐るつぶやいた。
「王族の方々とですけれど……」
そう言ったとき、
「は……?」
レオナルド様の顔から、怒りがすっと消えた。
代わりに浮かんだのは、理解できないものを見るような表情だった。
「お、おほほほほ!! 亡き王妃様の代わりになろうだなんて身の程知らずにもほどがあるのではないかしら!?」
「エリス様は何をおっしゃっているのかしら、静かになさい」
確かに娘には懐かれてはいるが、お妃様の代わりには到底なれるとは思っていない。陛下がご傷心の中、大声でそういうことを言うものではない。今この場に居ないからいいものの、聞かれたらどうするつもりなのだろうか。
「おいソフィア。ふざけるのもいい加減にしろ。そんなことでごまかせると思うのか。本当のことを言え!!」
「本当ですよ? 陛下や、王太子殿下、それから王女殿下ですわ。リリアナ殿下は六歳になられたばかりですから、食事の時は私がついておりますの」
「はっ。なにを世迷い言を。嘘もほどほどに……」
本当のことをおっしゃっているのですが。
そのとき、私の懐から小さな箱が床へ落ちた。
まずい。これを壊したらどうしたらいいかわからない。パカリ、と中が開いた。
「お揃いにしたいと王女殿下がくださったのに……」
金の装飾でできたブローチ。王家の紋章が刻まれた特注で作ってもらった品なのだ。
「……まあ、運がよかったんだな」
「ええ。このような贈り物、公爵様は当たり前にいただいていると思いますが。お店もよく陛下と行かれるのでしょう?」
「も、もちろんそうに決まっているだろう……」
そういえば、数日前も銀の鹿へ行った。あの日はすごく楽しかった。いつもは食べられないような豪華な食事が出て、リリアナ様と二人で子供のようにはしゃいだものだ。
だが、レオナルド様はあまり嬉しそうな顔をしていない。
主人にとっては楽しい場所ではなかったのだろうか。まあ、レオナルド様は公爵という位を持つお方。私とは置かれている立場が違いますものね。
「つ、次の証拠だ!!」
次に彼が取り出したのは、一通の手紙。
『先日は、楽しい時間だった』
『お前が傍にいてくれることを、私はありがたく思っている』
『この恩を、私は決して忘れない』
「これはどう見ても殿方と会っていた証拠ではありませんか!! これをどこで……?」
エリスが驚いたような声を出した。
「ああ。郵便局のほうに少しばかり伝手があってな。配達前の保管庫を見させてもらったのだ。そしたら偶然お前への手紙を見つけてな。公爵家の人脈の前ではこんな隠し事、暴くのはたやすいことよ」
隠し事。確かに私宛の手紙だが、殿方と会うなんてそんなことはあっただろうか。
だが、この特徴的な書き方。何か読んだことがあるような気がする。
私はその手紙をよく確認した。
「ああこれ。国王陛下の手紙ですよ。ほら、陛下のサインもありますもの」
殿方と言われれば、確かに殿方。だってこれは国王陛下なのだから。
「は……?」
レオナルド様は、信じられないという目で見ていた。
まあ、そう思うでしょうね。なぜ一夫人にすぎない私が王家と懇意にしているのか。
私にも意味が分からない。
「ふん。それがどうしたって言うの!? レオナルド様だって陛下と交流くらいありますよ、ねえレオナルド様!!」
「も、もちろんだ、私は公爵だぞ! それくらいあるに決まっておろう!!」
そんなに勢いよく言うことでもないような気がするけど。レオナルド様は元気なお方だ。
「元気そうで何よりですわ」
「何が言いたいのだ、貴様は……!?」
手紙には、今日の日付が書いてある。陛下が書いたのは朝だろう。
普通に考えて、届くのは一週間かそこらになるはず。王宮から届いた特別な郵便ですから、それは厳重に管理されるはずで、もっと後に届いてもおかしくないはずなのに。
「お手紙もありがとうございます。郵便局から直接お手紙を貰えるなんて、さすがレオナルド様ですね」
「ぐっ……」
私は褒めたはずなのに、なぜだかまた怒らせてしまった。
「まあいい。私にはとっておきの爆弾がまだある。これを出せば、お前はただでは済まないかもしれないが……仕方ない」
そう言って、レオナルド様は一枚の紙を机に置いた。
それは、この国の財務記録。細かな数字がずらりと並んでいる。
王都中央病院、金貨十枚。南門の宿屋、金貨二枚。仕立屋、金貨八枚。
その一番上には、私の名前が記されていた。
「これはお前が方々で金を配っている証拠だ」
私は帳簿を覗き込んだ。確かに、私の名前がある。
「もうこれで言い逃れは出来まい。貴様、何を企んでいる」
何を企んでいるか?やはりレオナルド様は昔から何を言っているか分からない。強いて言えば、募金を企んでいる。が正解でしょうか?
「人聞きの悪いことを……。見ての通りですわ。あなたもやっていることでしょう?」
それから、病院には孤児院があって、そこへの募金。宿屋には昔世話になったことがあるので。あと、個人的に仲のよい仕立屋さんはこの前無理を通してもらったから……。
私にはどう見ても募金にしか見えないのだが、レオナルド様の目には何が見えているのだろうか。
だが先日、レオナルド様の帳簿を偶然覗いてしまった。私よりも多くの額をあなただって募金していたではないか。
「……あなたも、郵便局に馬車組合。それから裁判所にだって支払っていますよね」
それはいいことだと思う。だが、なぜかそれを言った瞬間、レオナルド様の額に冷や汗が浮かんだような気がする。
「そうか、やはりそうか!! お前は王都中の人間に金をばらまいて都合のいいように操っていたんだ!! そうだろう、この雌狐が! 何も知らないふりをしてこちらを探っていたんだろう!!」
「馬鹿者」
後ろから低い声が聞こえてきた。
「ソフィアがそんなことをするはずがなかろう」
私は振り返った。
人々の間を割るようにして、歩いてくるその姿。
いつも堂々としているが、今日は一段としっかりとしている。騎士たちと歩いているからだろうか。
レオナルド様の顔から、一気に血の気が引いた。
「へ、陛下……」
「ソフィア。そなたのその金は募金であろう?」
ようやく私にも分かる言葉を話す方がいらしゃった。そうですわ、それ以外何があるというのでしょうか。
「ええ。もちろん、私は募金をしたつもりです。病院は孤児院の恵まれない子供たちのため。宿屋は先日よくしてもらったため、仕立屋の方には特注でドレスを仕立ててもらいましたから」
「ほらな。ソフィアはこういう者なのだ」
レオナルド様が絶望したように私を見る。
「……本当に、何も知らないのか?」
知らない、とは?先ほどレオナルド様がまくし立てていた文言と関係があるのだろうか。
陛下が額を押さえた。
「本当にお前はソフィアのことを全く知らないのだな」
そして、冷たい目でレオナルド様を見る。
「話は聞いていたぞ。ソフィアをつけ回し、郵便局で手紙を不正な方法で入手し、募金の証拠を財務局から入手したそうだな」
「そ、それは……」
先ほどまで大声で喚いていたレオナルド様が、今度は何も言わなくなった。
「お前は偶然帳簿を見られたからソフィアを追放しようと仕掛けたのだろうが、墓穴だったな。ソフィア嬢が金をばら撒いている証拠を集めようとして、お前は自分が金をばら撒いた記録を残していたわけだ」
会場のどこかで、誰かが息を呑んだ。
「お前が見られたくなかったのは、これだろう」
ぱさ、と陛下の手から一枚の紙が取り出された。
「そうそう、私が見たのはこれです。裁判所や郵便局に募金している紙」
私は机の上の二つの帳簿を見比べる。やっぱりレオナルド様の書く文字はきれいだ。
渡す募金の量も多いし、手慣れている。
「やっぱり立派ですよね……」
「ああ。本当に立派な書類だよ。まったく」
けれど、陛下の目は少しも笑ってはいなかった。
「お前が裁判所や郵便局に働きかけ、都合のいい結果を取り巻きに与えていたことは薄々知っていたが、こうもあっさり尻尾を出すとはな」
陛下の言葉に、うなだれるレオナルド様。周囲からはひそひそとした声すら聞こえなくなっていた。
「連れていけ」
騎士たちが一斉に動いた。レオナルド様の両脇に立ち、腕を取る。
「私は何もしてないって言ってるでしょう!?」
少し離れたところから、エリスの声も聞こえた。
「レオナルド様が勝手にやったことよ!」
騎士がエリスの腕を取る。
「その話は牢で聞こう。レオナルドと一緒にな」
「嫌! 放して!」
その声が遠ざかっていく。どうやら、陛下の怒りを買ったせいで、新天地は牢屋になってしまったようだ。まあ、二人一緒になれたのだからそれもまた幸せか。
気づけば、さっきまで大勢の人で埋まっていた会場から、少しずつ人影が消えていた。
扉の外にも騎士が立っている。
どうやら、今日は誰も勝手に帰ることはできないらしい。
騒ぎが落ち着いたところで、陛下がこちらへ来た。
「ソフィア。そなたには大変な思いをさせたな。すまない」
「私にはよく分かりませんが、お役に立てたのでしたら光栄ですわ」
陛下が、困ったように笑った。
「そなたを見ると、亡き妻を思い出す。無邪気なところも、子供たちによく好かれるところもな。どうだ。そなたが嫌でなければ、王宮で暮らしてみないか」
陛下が穏やかに続ける。
「あの子たちも喜ぶだろう」
王宮なら、両親のことも安心だ。病気がちな二人を、陛下はこれまで何度も王都の病院へ通わせてくださった。食事会に招かれることも多い。
一緒に暮らせるのなら、これ以上ありがたい話もない。
「ええ。それでしたら、ぜひ」
そう答えると、陛下はほっとしたように笑った。それから私は、騎士たちに囲まれた夜会場を出た。
結局、レオナルド様が何をそんなに怒っていたのかは、最後までよく分からなかった。
ただ、机の上に残された財務記録を思い出す。どれも最初は、レオナルド様が私に突きつけたものだった。
それなのに、最後には本人が連れて行かれてしまった。
……不思議なこともあるものだ。
けれど、周囲の人たちはいつも私のために色々と動いてくださる。
きっと私は前世でよほどよい行いをしたのだろう。
私はそんなことを考えながら、夜会を後にした。
終
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