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第2話:冷たい雨と、熱狂の渦

1. 街頭の咆哮

その日、新宿駅西口は傘の海で埋め尽くされていた。

激しい雨がコンクリートを叩き、視界を白く濁らせている。その中心、大型街宣車の上に、一人の男が立っていた。

民社党代表、佐野源助。

彼は傘を差していなかった。

上質なスーツは水を吸って重く垂れ下がり、髪からは絶え間なく雫が滴っている。だが、マイクを握るその手は微塵も震えていなかった。

「……皆さん、聞こえますか」

スピーカーから流れる声は、意外なほど静かだった。叫ぶのではなく、一人ひとりの耳元で囁くような、冷徹で低い声。それが、かえって群衆のざわめきをピタリと止めた。

「沖縄で、一人の少女の命が失われました。犯人は分かっている。証拠もある。だが、我々の国の警察は、基地の門一つ開けさせることができない。……これが、独立国家の姿ですか?」

佐野は雨に濡れた顔を上げ、天を仰ぐように言った。

「我々はいつまで、この『不平等』を平和と呼び続けるのでしょうか。ドランプ大統領の顔色を窺い、主権を切り売りし、国民の命を天秤にかける。そんな『傘』の中にいて、本当に私たちは自由だと言えるのでしょうか!」

その瞬間、佐野の声に初めて熱がこもった。

「今こそ、日米地位協定を破棄すべき時です。守られる側ではなく、自らの足で立つ国へ。……私は、戦後という名の長い眠りを、今日、ここで終わらせる!」

「うおおおおおおお!!」

雨音をかき消すほどの地鳴りのような歓声が上がった。

それは支持というより、長年鬱積していた国民の「自尊心」が爆発した瞬間の音だった。

2. 永田町の断末魔

同じ頃、国会議事堂内は文字通りの修羅場と化していた。

「佐野のやつ、国民を煽りやがって……!」

「基地周辺のデモが暴徒化しかけているぞ! このままでは日米関係が取り返しのつかないことになる!」

与党・自由民社の議員たちが廊下を走り回り、怒号を飛ばし合う。

テレビ画面には、雨の中でびしょ濡れになりながら民衆に手を振る佐野の姿が映し出されていた。その「絵」の強さは、どんな精巧な政策集よりも雄弁に、国民の心を掴んで離さない。

「高森首相、これ以上の引き伸ばしは不可能です」

官邸の奥深く。自由民社の総裁でもある高森首相は、目の前に突きつけられた『内閣不信任案』の書面を、震える指で見つめていた。

提出者は民社党、佐野源助。

これに反対すれば、国民の怒りは直接自分たちを焼き尽くすだろう。

だが賛成すれば、戦後日本のシステムそのものが崩壊する。

「……解散だ」

高森は、枯れた声で絞り出した。

「総選挙で、国民に問うしかない。この国を……どこへ連れて行くつもりなのかを」

3. さいは投げられた

数時間後。

衆議院本会議場。議長が解散詔書を読み上げると同時に、議場には万歳三唱ではなく、重苦しい沈黙と、それ以上に激しい「期待」が渦巻いた。

佐野は議場を去る際、一度だけ足を止め、窓の外を眺めた。

雨はやんでいた。

雲の切れ間から差し込む一筋の光が、濡れたアスファルトを鋭く照らしている。

「解散か。……想定よりも一日早いな」

彼は小さく独りごちると、冷めた目でスマホの画面を確認した。

そこには、ドランプ大統領がSNSに投稿したばかりの、日本に対する猛烈な批判声明が表示されていた。

『日本は感謝を知らない。守ってやっているのに、泥を塗るつもりか? ならば勝手にしろ。我々も考えがある。』

佐野の唇が、わずかに吊り上がった。

「いいぞ、もっと怒れ。あんたの怒りが、この国の『瓶の蓋』を外す最後の鍵になる」

佐野源助。50歳。

誰もが予想だにしなかった「戦後体制の破壊者」が、今、選挙という名の戦場へ向かって歩き出した。

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