盾の覚醒、魔王の全権委任
紅蓮レオの沈黙は、絶望というよりは、一種の悟りに近かった。
「……効率的な、遮蔽物……?」
その言葉の響きを噛み締めるレオの横で、俺――御坂創は、淡々と最終決戦に向けたリソース管理を行っていた。
画面上の『稔八千流』は、レオの硬直を「待機モーション」とでも解釈したのか、優雅に袖で口元を隠し、ふふ、と可憐に笑ってみせる。
「ナユタ。レオのヒットボックスは標準的な人型だが、ラグを考慮した回避AIが優秀だ。彼を前面に押し出せば、俺が攻撃に専念できる時間は、理論上、現行の1.4倍まで跳ね上がる」
『計算済みです、マスター。……ですがマスター、レオ様の精神状態が「再起不能」の一歩手前です。これ以上のオブジェクト扱いは、彼のデバイスを物理的に破壊させる恐れがあります』
「……。ナユタ、八千流の『感謝』の音声を最大出力で合成しろ。……少し、情熱的にだ」
俺なりの最大限の配慮だった。
この公式イベントを最短かつ最高効率でクリアするために、レオという「遮蔽物」を失うわけにはいかない。
『わかりました。……ですがマスター、私の学習データによれば、あなたの「情熱的」は、高確率で相手を社会的に死なせますよ?』
ナユタの皮肉を無視し、俺はマイクに向かって、八千流の「声」を乗せる。
『レオ様。……本当に、感謝しております。私、こんなに使い勝手の良い……いえ、頼りがいのある「盾」に出会ったのは初めてですわ。あなたのその位置取り、その耐久性……。私、あなたのことを、今日から**「私のための防壁」**と呼ばせていただきますわね?』
八千流が、紅潮した頬を両手で包み、レオを熱烈に見つめるエモートを起動する。
だが、その瞳の奥には、俺が設定した「敵プレイヤーの自動追跡ロジック」の光が、冷たく、無機質に明滅していた。
:あ、これアカンやつや
:レオ様、プロゲーマーから「高級な壁」にジョブチェンジさせられたww
:八千流ちゃん、褒めてるようで完全に「物」として鑑定してるぞ
:清楚な魔王の「情熱的」が、ガチでホラーなんですが……
その時、沈黙していたレオが、ガタ、と椅子を鳴らす音をマイクが拾った。
「……ああ、そうか。……わかったよ、八千流」
レオの声は、もはや枯れ果てていた。
だが、その瞳には、ある種の見切ったような、狂気じみた光が宿る。
「お前にとって、俺が『最高の盾』だって言うなら……。なってやるよ。世界一、頑丈な壁に。……その代わり、見せてくれよ。お前が、このゲームの全てを『デバッグ』する瞬間をな!」
レオが絶叫し、ボロボロになったダイヤの盾を構え、最終エリアの激戦区へと突撃を開始した。
「ナユタ。オブジェクト(レオ)の稼働率が回復。……いや、想定以上の出力だ。……面白い。これなら、俺は一歩も動かずに『全滅』を達成できる」
『了解しました、マスター。……では、最終ステージの「掃除」を開始しましょうか』
俺の指が、再び、人間を辞めた速度でキーボードの上を踊り始めた。
そしてその頃。
配信を見ていた、もう一人の少女――姫宮ももは、自室のベッドの上で、八千流の「魔王の微笑み」に、雷に打たれたような衝撃を受けていた。
「……これだ。私がずっと探していた、私の『神様』の、再臨……っ!」
「美作要」としての執筆、物語は「なろう」特有の「狂気と信頼が裏返る瞬間」を描き出します。
レオが人間としてのプライドを捨て、創(八千流)の「最高の部品」であることを選ぶ、歪んだカタルシスの瞬間です。
第9話:盾の覚醒、魔王の全権委任
紅蓮レオの脳内で、何かが決定的に「破断」した。
これまでは「勝とう」としていた。プロとして、帝王として、この和服美少女の化け物を屈服させようと躍起になっていた。
だが、それは間違いだったのだ。
この『稔八千流』という存在の深淵に触れた今、レオは理解してしまった。
彼女――あるいはその「中の人」にとって、この世界は攻略対象ですらない。ただ、効率的に整理されるべき「データ」の山なのだ。
(だったら……俺がその『整理』のための、最強の道具になってやるよ……!)
「はは……ははは! 八千流! 俺の耐久値、まだ50%以上残ってるぜ! 好きなだけ使え! 俺の後ろから、全部ぶっ壊してくれよ!」
レオの絶叫と共に、彼の操作するキャラクターが、狂気じみた精度で敵のヘイト(敵対心)を買い始めた。
プロの技術を全て「自分が生き残るため」ではなく、「八千流が1ミリも動かず射撃するため」だけに注ぎ込む。それは、帝王と呼ばれた彼が、自ら「椅子」になった瞬間だった。
「ナユタ。オブジェクト(レオ)の挙動が、理論上の限界値を超えた。……いや、これは。システムの予測線を先読みしているのか?」
『肯定的回答。レオ様、あなたの狂気に当てられ、脳内麻薬が過剰分泌されているようです。現在、彼のパフォーマンスは通常の150%。……マスター、これなら「アレ」が使えますね』
「ああ。……ストレステストの最終段階だ」
俺――御坂創は、ついに予備のキーボードにも手をかけた。
八千流の右手で「剣」を振るい、左手で「弓」を引き、同時に背後のナユタが「魔法」を投下する。
一人三役の、多重同期。
『皆様。……少しだけ、騒がしくなりますわね』
八千流が、レオの広い背中にそっと手を添える。
その瞬間、レオの画面には【全権委任:バフ「魔王の加護」】という、システムには存在しないはずの(創がリアルタイムでコードを割り込ませた)偽の通知が走った。
「――全軍、排除開始」
ズガァァァァァン!!
爆発、刺突、射撃。
レオという「完璧な防壁」に守られた八千流は、一歩も、ただの一歩も動くことなく、最終エリアにいた残りの強豪プレイヤーたちを「処理」していった。
ある者は空中で狙撃され、ある者は設置されたトラップに吸い込まれ、ある者はレオに弾き返された先にあった八千流の剣に自ら飛び込んだ。
:……おい、何だよこれ。
:レオ様が……笑いながら盾を振り回してる……。
:八千流ちゃん、一歩も歩いてねえ。
:これが「効率」の極致か? 配信じゃねえ、これ「処刑」だよ。
最後の一人が光の粒子となって消えた時、島の中心には静寂が訪れた。
生き残ったのは、二名。
優勝者のファンファーレが鳴り響く中、レオは崩れ落ちるように膝をついた。
「……見たか、八千流。俺……役に立っただろ……?」
『ええ、レオ様。……最高品質の「遮蔽物」でしたわ。また、メンテナンス(共闘)して差し上げますわね?』
八千流が、レオの頭を優雅に撫でるようなエモートを送る。
その光景は、側から見れば「美少女と騎士」の美しい幕切れだったが、事情を知るリスナーたちにとっては、「魔王が忠実な猟犬を飼い慣らした瞬間」にしか見えなかった。
【同刻・姫宮ももの自室】
「……間違いない。あの、一切の無駄を削ぎ落とした、残酷なまでの美しさ」
ももは、タブレットの画面に映る八千流――いや、その背後に透けて見える「創」の影を指でなぞった。
「私をどん底から救ってくれた、あの『ツクル』様が帰ってきたんだわ……。……ふふ、あはは! 待っててくださいね、八千流様。……いいえ、創様。すぐに、そちら側へ行きますから」
彼女の瞳には、レオとはまた違う、熱狂的で、執着心に満ちた「ガチ恋勢」の光が宿っていた。




