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100人サバイバル:開始と同時に地獄が動き出す

大型イベント『100人同時参加型・極限サバイバル』へのエントリーを済ませた俺は、システムの更なる最適化に着手していた。

「八千流の挙動はいい。だが、情報の処理速度が追いついていないな」

 一人で操作し、一人で喋り、一人でコメントを拾う。

 元世界1位の脳並列処理マルチタスクをもってしても、数万人に膨れ上がったリスナーとの対話と、精密なゲーミングを両立させるのは「効率」が悪い。

 そこで俺は、以前から温めていたサブシステムを起動することにした。

「目覚めろ、ナユタ。デバッグの時間だ」

 コマンドを打ち込むと、モニターの端に漆黒の立方体が浮かび上がった。

 それは瞬時に形を変え、毒々しいほど鮮やかな紫の瞳を持つ、小さな浮遊球体――あるいはマスコット的な何かに変化する。

『――おはようございます、マスター。あるいは、お久しぶりです、不器用な創造主クリエイター

 合成音声特有の、どこか人を食ったような涼やかな声がスピーカーから流れる。

 自律思考型モデレーターAI、ナユタ。俺が「効率化」のために生み出した、もう一人の自分だ。

「挨拶はいい。昨日の配信データは見たか」

『ええ。拝見しましたよ。タイトルは「まったり」だったはずですが、実際には「特定外来生物による一方的な駆除作業」でしたね。マスター、あなたの「まったり」の定義は辞書と数光年乖離しています』

「うるさい。あれはシステム負荷のテストだ」

『その結果、SNSでのマスターの呼称が「清楚な皮を被った魔王」で固定されました。おめでとうございます、目標としていた「癒やし系」とは真逆のベクトルに、音速で突き抜けています』

 ナユタの辛辣な指摘を無視し、俺はイベントのルールを確認する。

 100人が同じ島に放り出され、最後の一人になるまで生き残る。建築、クラフト、PvP(対人戦)。すべてが許可された無法地帯。

「このイベントで、八千流の『自動学習機能』を最大まで回す。ナユタ、お前は配信中のコメント選別と、周辺環境のログ解析を担当しろ」

『了解しました。……ですがマスター、一つ忠告を。今回のイベントには「紅蓮レオ」をはじめとする、現役のプロや大手ライバーが多数参戦します。あなたが「効率」を優先して彼らをゴミのように掃除すれば、もう後戻りはできませんよ?』

「構わん。邪魔なオブジェクトは排除するだけだ」

 俺はヘッドセットを装着し、再び『稔八千流』へと受肉する。

 モニターの中の美少女が、俺の動きに同期して、妖艶に、そして恐ろしく美しく微笑んだ。

【イベント当日:StreamArk公式チャンネル】

:きたああああ! 100人サバイバル!

:レオ様、今日もエイムが冴えてるな!

:あれ、参加者リストに……「稔八千流」がいる!?

:マジかよ! あの「マイクラの死神」が出るのか!?

:今度は誰が「効率的に」消されるんだ……。

 実況席のボルテージが上がる中、俺は静かに島のスタート地点に立っていた。

 周囲には、気合の入った装備のライバーたちがひしめいている。

「ナユタ、状況を」

『周辺にプレイヤー30人。北北東300メートルに、強力なリソースポイント。……そして、後方10メートルから、異常に高い闘志(殺気)を感じます』

 振り返ると、そこには真っ赤なジャケットを羽織った青年キャラクターが立っていた。

 FPS界の帝王、紅蓮レオ。

「――よぉ、新人」

 レオがボイスチャットで話しかけてくる。その声には、隠しきれない高揚感と、獲物を見つけた猛獣の鋭さが混じっていた。

「お前のマイクラの切り抜き、見たぜ。ありゃあ『本物』だ。今日はどっちが上か、ハッキリさせようぜ」

 俺(八千流)は、システムのアルゴリズムに従い、最高に可憐な動作で小首を傾げた。

『あら、私のような初心者に、そんなに熱くなられても困ってしまいます。……でも、そうですわね。お邪魔だと言うのなら、少しだけ、お手合わせしましょうか?』

 その瞬間、イベント開始のカウントダウンがゼロになった。


カウントダウンがゼロになった瞬間、島中に爆発的な熱狂が広がった。

 周囲のライバーたちが一斉に四散し、リソース確保に走る。

 だが、俺――『稔八千流』は動かない。

「ナユタ、全プレイヤーの初期移動ベクトルを算出。リソースの競合率が最も低い最短ルートは?」

『既に計算済みです、マスター。北西の廃村エリア。地形が複雑で不評ですが、あなたなら「最適解」で踏破できるはずです。……おや、早速ストーカーが追ってきますね』

 ナユタの指摘通り、背後から紅蓮レオが猛スピードで追いすがってくる。

 彼は配信画面の向こうで、獲物を見つけた獣のように笑っているはずだ。

「しつこいな。……デバッグの邪魔だ」

 俺はキーボードを叩き、八千流を跳ねさせた。

 廃村の入り口、崩れた石壁。普通のプレイヤーなら回り道をする場所を、俺は一ミリの減速もなく、壁の僅かな「凸判定」を利用して三角飛びで乗り越える。

「……なんだ、今の動きは!?」

 レオの驚愕の声が漏れる。

 彼はトッププロだ。常人には不可能なキャラコントロールも、彼なら「理解」できてしまう。だからこそ、八千流の動きが『物理的にあり得ない効率』で構成されていることに、誰よりも早く気づいてしまった。

『レオ様、そんなに慌てては転んでしまいますよ?』

 八千流は空中でくるりと一回転し、和服の裾を翻して着地する。

 直後、俺は地面に落ちていた「ただの木の棒」を拾い、その場にあった感圧板のトラップを秒速で解体した。

「ナユタ、周囲に敵影は?」

『隠密特化の忍び系VTuberが二名、天井裏に潜伏。……あ、今マスターが解体したトラップに引っかかろうとしています。滑稽ですね』

「誘い込む。ナユタ、チャット欄に『可愛い』という単語が溢れるように、アバターの表情筋を『困り顔』へ0.5秒シフトしろ」

『了解。……マスター、あなたの性格の悪さはAIの学習データに悪影響を及ぼしますね』

 八千流が「あ、あの、危ないですよ……?」と、わざとらしく棒立ちになった瞬間。

 潜伏していた二人が躍り出た。彼らはレオと八千流の潰し合いをハイエナするつもりだったのだろう。

 だが、俺の意識は既に、彼らが着地する「予定座標」に鉄の剣を置いていた。

「――発生フレーム、三。判定勝ちだ」

 ズシュッ。

 鈍い音と共に、空中で迎撃された二人が光の粒子となって霧散する。

 一歩も動かず、ただ「そこに剣があった」かのような、あまりにも無機質な殺害キル

「は……? 二人同時に、今のタイミングで落としたのか?」

 追いついたレオが、足を止めて戦慄する。

 彼には見えたのだ。八千流が相手のモーションが出る前から、既に「カウンターが成立する位置」に武器を置いていたことが。

『あら……。お騒がせしました。レオ様、今のは「事故」ですから、気にしないでくださいね?』

 八千流は血の付いていない方の袖で口元を隠し、優雅に微笑む。

 

:事故じゃねええええ!!

:今の置きエイムならぬ「置き剣」!?

:レオ様が完全に引いてるんだがww

:清楚な魔王、今日も絶好調だな!

「……事故なわけねえだろ。おい、稔八千流! お前、本当は誰だ! その動き、三年前の――」

 レオが叫び、ダイヤの剣を抜き放とうとしたその時。

 ナユタが俺の脳内に緊急アラートを響かせた。

『マスター、北の山脈から高エネルギー反応。長距離狙撃銃スナイパーライフルを所持した別パーティーです。ターゲットは――あなたと、紅蓮レオの両名』

「……。ナユタ、レオを『盾』として利用しつつ、射線を切るルートを構築しろ」

『御意。最高に最低なプランですね、マスター』

 俺の指が、再び加速する。

 ここからが、100人サバイバルの本当の「地獄テスト」の始まりだった。

 

 世界が、戦場に変わる。



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