第4話 新しい婚約者
「皆、静粛に。私から、この国の未来を左右する重大な発表がある」
魔法試験が幕を閉じ、興奮の余韻がいまだに渦巻く王宮の大広間。
黄金の装飾が施された高い壇上に立ち、
王太子アルドリックが朗々とした声を張り上げた。
その声は広間の隅々にまで染み渡り、
ざわついていた貴族たちの私語を瞬時に静まり返らせる。
彼の隣には、一人の少女が誇らしげに寄り添っていた。
侯爵令嬢、ミレイナ。
先ほどの試験で、観衆の度肝を抜く圧倒的な火炎魔法を披露し、
「軍事魔法の稀代の天才」と称賛を浴びたばかりの令嬢だ。
自信に満ちた艶やかな笑みを浮かべる彼女は、
勝利者の余裕を全身から漂わせ、アルドリックの腕に細い指を絡めている。
「私はここに宣言する!
リリア・フォン・アルヴェルトとの婚約を、本日この時をもって白紙に戻す。
そして、我が隣に立つに相応しい新たなる婚約者として、
ミレイナ・フォン・カステル侯爵令嬢を迎えることを、全能なる神に誓おう!」
その瞬間、広間は爆発したような激しいざわめきに包まれた。
耳を疑うようなあまりの衝撃に、私は思考が真っ白に染まり、
ただその場に縫い付けられたように立ち尽くすことしかできなかった。
「殿下……本気で、仰っているのですか?」
震える声をどうにか絞り出し、私は壇上の彼を見上げた。
視界の端で、多くの貴族たちがこちらを好奇の目で見ているのがわかる。
「王室の婚約は、国王陛下と王妃殿下が正式に執り成し、
両家の絆としてお決めになった国家の契約です。
それを、殿下お一人の独断で変えられるはずが……」
必死の問いかけ。しかし、アルドリックはそれを鼻で笑い飛ばした。
その冷徹な眼差しには、一縷の迷いも、私への申し訳なさも存在しない。
「父上と母上は現在、重要な外交のために国外の土を踏んでおられる。
その不在の間、全権を委任され、国政を預かっているのはこの私だ。
ならば、その判断は王の意志に等しいと思わぬか?」
彼は一歩前へ出ると、冷酷な宣告を続けた。
「国益を損なう無能な女を排除し、最強の武力を備えた王妃を迎え入れる。
これこそがアルヴァレード王国の再興に繋がる唯一の道なのだ。
感情論で国家の利益を阻害するな、リリア」
国王夫妻が不在という、千載一遇の好機を狙ったクーデターにも等しい独断。
隣でミレイナが、私を憐れむような、
それでいて底知れぬ優越感に浸った勝ち誇ったような視線を向けてくる。
「リリア様、本当にごめんなさい……。でも、これが残酷なまでの『実力』の差なんです。
戦う力を持たないか弱い女性に、次期国王の隣という重責は、
あまりにも荷が重すぎたのですよ。これからは、私が彼を支えて差し上げますわ」
軍事魔法の天才と、生活魔法しか使えない「役立たず」。
その構図が明確になった今、周囲の貴族たちの動きは早かった。
彼らは瞬く間に私から距離を置き、ミレイナの周囲へと群がって媚びを売り始める。
つい数分前まで、私に社交辞令の笑みを向けていた者たちが、
今は遠巻きに私を指差し、隠そうともしない嘲笑を浴びせている。
一人、冷たい空気の中に置き去りにされた私は、
ドレスの生地が破れんばかりに拳を強く握りしめた。
まだ、正式な書類上の手続きは終わっていない。
法的には私がまだ婚約者の地位に留まっているはずだ。
しかし、壇上でミレイナと見つめ合うアルドリックの目には、
私という存在はすでに風景の一部としてさえ映っていなかった。
存在そのものを、歴史の塵として抹殺されたかのような絶望。
だが、この時の私はまだ知らなかったのだ。
この独断による宣言は、ほんの序章に過ぎないということを。
この後、私の誇りを完膚なきまでに叩き潰すための、
残酷で卑劣な「公開婚約破棄」の儀式が待ち受けていることを、
私はまだ、想像だにしていなかった。




