第3話 王太子の態度
「リリア、まだ理解できないのか? 己の立場の弁えというものを」
試験が終わり、喧騒の去った王宮の回廊。
王太子アルドリックは、まるで足元に落ちているゴミでも見るような、
冷ややかで底の知れない目で私を見下ろした。
重厚な石造りの廊下には、私たちの間に流れる沈黙さえも凍りつくような
険悪な空気が漂っている。彼は立ち止まり、吐き捨てるように言葉を重ねる。
「このアルヴァレード王国の王妃となる者は、軍事力の象徴でなければならない。
国民が、そして敵国が畏怖するような圧倒的な破壊の顕現……。
翻って、君が後生大事に抱えているその『生活魔法』とやらはどうだ?
そこには王家の威光も、支配者としての覇気も、欠片ほども存在しないのだよ」
私は込み上げる虚しさを抑え込み、深く、長く息を吐いた。
これが最後だ。
最後にもう一度だけ、この国の次期指導者であるはずの彼に、
理を説き、真実の価値を説明しようと試みた。
「殿下、どうか冷静にお聞きください。
私の構築した生活魔法の術式は、従来の軍事魔法に比べて、
わずか0.01%以下の魔力消費量で発動を維持できるのです」
私は一歩踏み出し、彼の瞳を真っ直ぐに見つめて言葉を継ぐ。
「これを軍の兵站、つまり補給部隊に応用すればどうなるかお考えください。
魔導師たちの負担は激減し、同じ資源、同じ食料であっても、
従来の10倍以上の兵員を、万全のコンディションで維持できるのです。
戦わずして勝つための、これこそが究極の戦略ではありませんか」
しかし、私の必死の進言に対し、アルドリックは嘲笑で応えた。
鼻で笑い、肩をすくめるその仕草には、対話の意思など微塵も感じられない。
「兵站? 資源の維持? ……ははっ、馬鹿馬鹿しい。
リリア、そんな卑小な計算は、小銭を数える商人と平民の仕事だ」
彼は蔑むように言い放ち、私のすぐ側まで歩み寄って耳元で囁く。
「統治者の仕事とは、圧倒的な火炎と雷撃をもって、歯向かう敵を粉砕することだ。
跪く民に力の差を見せつけ、恐怖と敬意を植え付ける。
それ以外はすべて、王道を進む上での雑音に過ぎないのだよ」
絶望した。
彼は、目に見える数字や経済的な影響を理解しようともしなかった。
彼にとっての政治とは、国家運営という緻密な歯車の調整ではなく、
単なる「力の誇示」という、幼稚な示威行為でしかなかったのだ。
その視野の狭さは、彼がいかに政治家としての資質を欠いているかを、
そしてこの国がどれほど危うい土台の上に立っているかを如実に物語っていた。
「もういい。君の退屈な言い訳には、心底飽き飽きした」
アルドリックは、私への興味を完全に失ったかのように、
優雅に漆黒のマントを翻して背を向けた。
「君はもはや、私の隣に立つ資格はない。
明日の朝、正式な沙汰が出るだろう。覚悟を決めておくことだ」
革靴の音を硬く響かせながら、
彼は他の貴族たちが待ち構える、華やかな謁見の間へと歩いていく。
煌々と灯るシャンデリアの光の中へと消えていく彼の後ろ姿を、
私はただ、薄暗い廊下の影から見送るしかなかった。
冷たい石壁に囲まれた廊下で、私は一人、
指の関節が白くなるほどに拳を握りしめて立ち尽くした。
この国の未来を、そして戦場へ送られる兵士たちの命を、
魔法という技術の側面から救おうとした私の数年間の努力は、
今、無知な権力者によってゴミのように捨てられた。
しかし、その瞬間に私は確信した。
生活という、人間が生きる上で最も基本的な基盤を軽視し、
破壊の快楽に酔いしれる者が導くこの国に、もはや未来はない。
彼らが私を「不要」としたのではない。
私が、この腐りかけた体制を「不要」だと判断したのだ。
私は、まだ知らなかった。
今日、この廊下で私が抱いた冷ややかな予感が、
やがて血を吐くような現実となって王国を襲う「予言」となることを。
そして明日、私の代わりに新しい「軍事魔法の天才」が、
国民の熱狂の中で正式に選ばれることになるということを――。




