第13話 王国の未来
辺境伯アルヴェルトは、執務室の壁に掛けられた巨大な王国の地図を指差した。
その地図には、軍事拠点や要塞が赤い点で強調されており、
まるで国家そのものが、一つの巨大な「兵器」であるかのように歪な形をしていた。
「リリア、今のアルヴァレード王国の現状を客観的に見つめ直す必要がある。
この国は今、軍事魔法至上主義という極端な政策を盲目的に推進している。
それは、もはや国家運営ではなく、狂気じみた軍拡競争だ」
王国では、国家予算の八割を超える大部分が軍事魔法の研究と維持に投じられている。
それ以外の技術、つまり民の暮らしを支える術はすべて軽視され、
「魔力の無駄遣い」として切り捨てられてきた。
その結果、国内の産業は見る影もなく衰退し、
農業にいたっては、数十年もの間、技術革新が止まり、低迷を続けているのが実態だ。
父は厳しい表情を崩さず、その核心を突くように言葉を繋いだ。
「軍事魔法は、どこまで行っても『破壊の力』だ。
平和な時代において、過剰な軍事投資は国家を内側から腐らせる無駄なコストでしかない。
だが、腐敗した王都の貴族たちは、軍事研究という名目で血税を貪り続け、
自分たちの既得権益を守るために、破壊の力を神聖視し続けているのだよ」
対照的に、リリアが心血を注いで磨き続けてきた生活魔法は、
これまで「軍事魔法ではない」という理由だけで、
無価値な児戯だと断じられ、徹底的に軽視されてきた。
王太子アルドリックは、政治の本質を理解する能力が決定的に欠如しており、
国家という巨大な装置を維持するために真に必要な「力」が何であるかを、
完全に見誤っている。
リリアは、自らの研究成果を記した魔導書を広げ、改めてその真価を提示した。
「お父様。私の魔法は、既存の術式の構造を根本から見直すことで、
魔力消費量0.01%以下という、驚異的な低燃費を実現しています。
さらに、誤差0.01度以内という極小の精密な温度制御が可能なのです」
この技術は、決して貴族たちが嘲笑うような、単なる家事の道具などではない。
『清浄水生成』がもたらす完璧な衛生革命。
『魔法保存庫』が可能にする、食料や薬品の数年単位に及ぶ長期保存。
そして、都市全体の温度を一定に保ち、過酷な環境を居住可能にする『広域魔法暖房』。
これらはすべて、社会の存立と発展を根底から支え、
文明を次の段階へと引き上げるための「インフラの基盤」となる技術である。
辺境伯は頷き、王国がこれから辿るであろう、
必然的な崩壊へのロードマップを一つずつ指折り数えるように説明した。
「まず第1段階として、王太子は独断で婚約破棄を強行し、有力貴族との信頼を損なった。
やがて第2段階、外遊中の王が帰還すれば、この決定を巡り激しい政治混乱が起きる。
そして第3段階。隣国が生活魔法を産業に応用し『技術革命』を起こす一方で、
この国は古臭い破壊の魔法にしがみつき、技術停滞と深刻な商業格差に苦しむことになる」
父の言葉は、まるで冷酷な予言のように響く。
「第4段階では、見限った商人が富と共に隣国へ流出を始め、
第5段階で、軍事費ばかりが膨らみ続ける財政危機が限界を突破し、深刻化する。
そして最終的な第6段階。経済破綻と、飢えた民衆による大規模な暴動を経て、
アルヴァレード王国は……内部から瓦解し、崩壊する運命にあるのだ」
「生活という基盤を捨てた国に、未来はない」
父の断言を聞きながら、リリアは王都の大広間で浴びせられた、
汚物を拭うような嘲笑の数々を思い出していた。
アルドリック王太子は「軍事魔法を使えぬ女など王妃には不要だ」と吠え、リリアを追い出した。
しかし、彼が「不要」としてゴミ箱に捨てたその判断こそが、
愛すべき祖国を滅ぼすための、最悪の引き金となったのである。
リリアは静かに、しかし燃えるような決意を込めて父を見つめた。
「お父様。私は、私の力で証明したいのです。
人を傷つけ、奪うための力ではなく、人を慈しみ、豊かにするための力こそが、
この世界において真に価値があるということを」
この「役立たず」と呼ばれた、ささやかな温もりを宿す魔法が。
やがて国家の運命を劇的に逆転させ、世界の理を変えることになるのを、
リリアは、その確かな魔力の鼓動と共に、強く確信していた。




