006.震える手、届かぬ言葉
差し出した右手が、自分のものではないように見えた。
返り血がついているわけじゃない。
だが、この拳がボスの脇腹を痛打し、扉を木端微塵にした事実は消えない。
この子は、その「暴力」を目の当たりにしたんだ。
「……怖がらせて、悪かった」
俺は一歩下がり、できるだけ声を低く、穏やかに保つよう努めた。
それでも、ノエル ――後でその名を知ることになるその少女の震えは止まらない。
その瞳に映る俺は、彼女を攫った男たちと同類のあるいはそれ以上に恐ろしい獣に見えているのかもしれない。
「とりあえず、ここを出よう。
……歩けるか?」
問いかけに、彼女は微かに頷いた。
俺に触れられないよう細心の注意を払いながら彼女は檻を出る。
俺はその背中を見守りながら床で悶絶している盗賊のボスの元へ戻った。
「が……
はっ、あが……」
脇腹を押さえてのたうち回る巨漢の顔を俺は容赦なく踏みつけた。
「おい、さっきの続きを聞かせろ。
その『貴族様』ってのは、どこのどいつだ」
「ひ、ひぃっ……!
い、言う、言うから……っ!
ベ、ベクター侯爵家だ……
当主のアトラス・ベクター様だよ!
俺たちは……
ただ、命令に従っただけだ……!」
「アトラス・ベクター……」
その名を聞いた瞬間、王都観光中に何度か見聞きしたあの吐き気がするほど悪趣味で豪華な屋敷が脳裏に浮かんだ。
あんなところにこの子を売り飛ばそうとしていたのか。
「……失せろ。 二度とその面を見せるな」
力を込めて踏み抜くと、ボスは短い悲鳴を上げて気絶した。
俺は彼女の方を向き直し、静かに告げた。
「行くぞ。
……大丈夫だ、もう誰にもあんたを傷つけさせない」
王都の路地裏を、少し離れた距離を保ちながら二人で歩く。
時折、彼女のキツネ耳が不安げにピクピクと動くたびに、俺の胸が締め付けられた。
俺は、観光中に見つけておいた表通りのよさげな宿屋へと彼女を連れて行った。 清潔な身なりをした女将に、なけなしのお金である金貨数枚を握らせる。
「この子を、一番いい部屋で休ませてやってくれ。
温かい飯と、それから……
安心して眠らせてやってほしい」
「え、ええ……
承知いたしましたわ。 お任せください」
戸惑いながらも俺の突然の申し出を受け入れてくれた。
そして女将に促され、彼女は宿の奥へと進んでいく。
階段を上がる直前、彼女は一度だけ俺の方を振り返った。
何かを言いたげな、迷うような視線。
だが、結局彼女は何も言わずそのまま姿を消した。
一人残された俺は、宿のロビーで自分の掌を見つめた。
力が漲っている。
一撃で壁を壊し、一瞬で敵を殲滅する力。
だが、この力で俺が本当にやりたかったのはこんな風に怯えられることだったのか?
『――くくっ。
何を感傷に浸っておる。
あの子を救いたいという望みは叶ったではないか』
――まただ。ロキの神経を逆なでするような声が頭に響く。
「……ああ、そうだな。 望みは叶った」
俺は自分に言い聞かせるように呟き、宿を後にした。
すっかり日も暮れた夜の王都は、昼間よりも冷たくそして煌びやかに輝いている。
「ベクター侯爵、アトラスだったか」
俺は、迷いのない足取りで貴族街の方角へと歩き出した。
あの子を震えさせた、その原因を。
豪華な屋敷の中で胡坐をかいている、諸悪の根源を。
この手に宿った理不尽な暴力で、跡形もなく粉砕してやる。
――腹の底から無限に湧き出す怒りで、俺の頭の中はいっぱいになっていた。
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