025.混濁のバラン、蘇る悪夢
大陸南部。
乾いた砂塵が舞い、熱気と饐えた匂いが混じり合う地
――都市群国家バラン。
ここは帝国のような峻烈な規律も、フランのような煌びやかな欲望もない。
あるのは剥き出しの生存本能と、強者が弱者から搾り取るための暴力という単純なルールだけだ。
「……っ」
国境の検問所――とは名ばかりの、金さえ払えば犯罪者でも通すような粗末な木柵を越えた瞬間、俺の外套を掴むノエルの手が、骨が折れそうなほどに強まった。
視線を落とせば、彼女の顔は紙のように真っ白で、唇は微かに震えている。
「大丈夫か、ノエル。
……やっぱり、引き返そうか」
「い、いいえ。平気、です。
ただ、少し…… 風が、冷たく感じただけですから」
そう言って無理に微笑む彼女の瞳は、焦点が合わず泳いでいた。
無理もない。
三年前、この無秩序な国のどこかで、彼女は一ヶ月もの間、人間としての尊厳を削り取られる時間を過ごしたのだ。
俺たちは人混みを避け、バランの辺縁にあるスラムに近い街区へと足を進めた。
路地裏には、虚ろな目をした中毒者や、手足を失った元兵士たちが泥のように転がっている。
「ヒヒッ…… 美味そうな獲物が来たぜ」
「あの赤髪、手配書の男に似てねえか?」
街の住人たちの視線が、値踏みするように俺たちを舐め回す。
帝国やフランの時のように「正義」や「法」を傘に着る連中ではない。
こいつらは純粋に、俺たちの命と金を奪う機会を窺っている。
「……ノエル、離れるなよ」
俺は周囲を威圧するように冷気を微かに漏らしながら、安宿を求めて歩いた。 だが、目的の宿へ着く前に、最悪の「再会」が向こうからやってきた。
「――おや。
その綺麗な耳の形…… 見覚えがあると思ったら。
三年前、俺たちがバランの市に流した『極上の仔猫』じゃないか」
横道から現れたのは、顔に大きな火傷の跡がある、卑屈な笑みを浮かべた男たちだった。
その言葉を聞いた瞬間、ノエルの呼吸が止まった。
「あ…… あぁ……」
喉の奥から、乾いた悲鳴が漏れる。
ノエルの脳裏に、閉じ込められていた暗闇が、暴力が、そして自分を弄んだ男たちの笑い声が、津波のように押し寄せたのが分かった。
彼女はその場に崩れ落ち、頭を抱えて激しく震え始める。
「くくく、お嬢ちゃんの顔をよく見てみなよ。
完全に壊れちまってるぞ!
三年前の教育が、よっぽど身体に染み付いてるらしいな!」
男たちが下卑た笑い声を上げ、下なめずりしながら歩み寄ってくる。
「……あ?」
俺の心臓が、ドクンと嫌な音を立てた。
これまで帝国やフランで感じてきた怒りとは、何かが決定的に違った。
それは、マグマのような熱い怒りではなく、全てを無に帰すような、底冷えのする「殺意」だった。
『――くふふ。
良い、実に良いぞガルシア。
かつての恐怖に怯える乙女と、それを嘲笑うゴミ屑ども。
……さあ、どうする?
ここはお前の嫌いな法も秩序もない場所じゃ。
思う存分、お前の「不快」を晴らしてしまえ』
ロキの囁きさえ、今は遠い。
俺は一歩、男たちの方へ踏み出した。
俺の足跡から、石畳が真っ白に凍りついていく。
それも、ただの氷ではない。
触れた者の命を根こそぎ奪い去るような、禍々しい黒味を帯びた氷が。
「……お前ら、今、なんつった?」
俺の声は、自分でも驚くほど低く、冷え切っていた。
ノエルのトラウマ。
彼女の心を今なお縛り付ける、この街の「腐臭」。
――全部、まとめて凍りつかせてやる。
バランの熱帯びた空気が、俺の絶望的な魔力によって、一瞬にして凍てつこうとしていた。
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