023.欲望の沈没、凍土の救済
「――殺せ! その赤髪を細切れにして海に放り込め!」
商人の金切り声に弾かれたように、海軍の兵士たちと、周囲を警護していた海賊崩れの用心棒どもが武器を抜いた。
「氷の魔人だか何だか知らねえが、ナポタンの夜遊びは高くつくぜ、小僧!」
抜身のシミターが、魔導ランプの光を反射してぎらつく。
だが、俺の瞳に映るそいつらの姿は、もはや生きた人間には見えなかった。
値踏みされ、商品として扱われる子供たち。
その絶望を酒の肴にする豚共。
「……五月蝿えよ」
俺が右手を一振りした瞬間、周囲の空間が軋んだ。
地面から噴き出したのは、鋭利な氷の牙ではない。
それは、半径数メートルを瞬時に埋め尽くすほどの「絶対零度の静寂」だった。
「ひ、ぎゃあぁっ!?」
襲いかかろうとした兵士たちの足が、一瞬で石畳に氷漬けにされる。
それだけではない。
彼らが手にした鋼鉄の剣までもが極寒に晒され、硝子細工のように脆く砕け散った。
「な、なんだこれは…… 冷たい、というより…… 痛っ……!?」
「動くな。
動けば、その凍った足が根元からへし折れるぞ」
凍結した広場の中を、俺はゆっくりと歩く。
冷気に震え、歯の根も合わない商人たちを無視して、俺は鉄格子の馬車へと手をかけた。
ガキンッ!
魔力を込めて掴んだだけで、頑丈な鉄の錠前が粉々に粉砕される。
扉を引くと、中には怯えた目をした子供たちが身を寄せ合っていた。
「……もう大丈夫だ。 行け。 港の裏から逃げろ」
子供たちは一瞬、俺のことを「化け物」を見るような目で見たが、俺の隣に駆け寄ったノエルが優しく声をかけると、堰を切ったように馬車から飛び出し、夜の闇へと消えていった。
「き、貴様ぁ……!
フラン王国の大臣を後援している我が商会相手にこのような暴挙……
ただで済むと思うなよ!」
半身を氷漬けにされた商人が、顔を真っ青にしながらも吠え立てる。
その背後で、港に停泊していた軍艦の鐘が激しく鳴り始めた。
港の異変を察知し、さらなる増援が駆けつけてくる。
『――くふふ、ガルシアよ。
見ろ、お前を「救済者」と呼ぶ者は一人もおらん。
子供たちは怯え、大人たちはお前を呪っておる。
これが、お前の選んだ「正義」の結果じゃ』
「黙ってろ。
……元より、感謝されるためにやってるわけじゃねえよ」
俺は視線を海へと向けた。
こちらに砲口を向けようとしている三隻の軍艦。
この国の繁栄を支える、略奪と交易の象徴だ。
「……お魚が食べられなくなってもいい、って言ったよな、ノエル」
「……はい」
「なら、遠慮はいらねえな」
俺は両手を地面に突き立てた。
心臓を貫くようなロキの魔力が、地脈を伝わって港全体へと伝播していく。
――ズドォォン!!
ナポタンの港が揺れた。
海が、波立つことも許されぬまま硬直していく。
黄金色に輝いていた海面が、一瞬にして深い蒼の氷原へと変貌を遂げた。
停泊していた軍艦は、その巨大な船体ごと氷の海に飲み込まれ、船底からマストまでを真っ白な霜が覆い尽くしていく。
静寂。
つい先ほどまで音楽と怒号が響いていたナポタンの街が、墓場のような沈黙に包まれた。
「……行くぞ、ノエル」
俺は呆然と立ち尽くす人々を一度も振り返ることなく、再びフードを深く被った。
後ろ指を指され、石を投げられ、呪われながら進む。
俺たちが去った後の港には、二度と使い物にならなくなった三隻の「氷の幽霊船」だけが、月の光に照らされて残されていた。
――これでよかったんだ。
そう自分に言い聞かせながら。
俺の心の中には、また一つ、消えない凍傷のような虚しさが刻まれていた。
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