021.黄金の海、欲望の港
神聖帝国プロインの凍てつく国境を越え、峻険な山脈を迂回するように西へ。 雪が雨に変わり、その雨がやがて柔らかな陽光へと変わる頃、俺たちの鼻腔を突いたのは、懐かしい潮の匂いだった。
フラン王国。
大陸西部に広がる、交易と美食を誇る海洋国家だ。
プロインの白亜の静寂とは正反対に、この国の港湾都市「ナポタン」は、目が眩むほどの色彩と、吐き気がするほどの活気に満ち溢れていた。
「……すごい。 本当にキラキラしています」
俺の背中で、ノエルが感嘆の声を漏らした。
眼下に広がる港には、世界中から集まった豪華客船や商船がひしめき合い、市場には見たこともない極彩色の魚や、芳醇な香りを放つ果実が山積みにされている。
「ああ。
……だが、匂いがキツすぎるな。
魚の匂いより、金と香水の匂いだ」
俺はフードを深く被り直し、周囲を警戒しながら人混みを歩いた。
帝国であれだけの騒ぎを起こしたんだ。
シトラス王国の勇者が俺を追っているかは分からないが、帝国の騎士団がこの国に手を回している可能性は十分にあり得る。
俺たちはまず、身を隠すための宿と、空腹を満たすための飯屋を探した。
入ったのは、港の喧騒から少し外れた、裏通りの古びた食堂だ。
「……お待たせ! フラン名物、海の幸の香草焼きだ!」
威勢のいい声と共に運ばれてきた皿には、脂の乗った白身魚がたっぷり盛られていた。
ノエルは目を輝かせ、一口食べると、本当に幸せそうに頬を緩めた。
「おいしい……!
ガルシアさん、本当に美味しいです!」
「……そうか。なら良かった」
俺も魚を口に運ぶ。確かに美味い。
だが、その味を楽しむ余裕は、すぐに打ち砕かれた。
バシャン!
表の通りで、何かが激しく割れる音と、怒鳴り声が響いた。
窓から外を覗けば、数人の男たちが、露店の荷台をひっくり返しているのが見えた。
「おい、バカにしているのか!? 今月の『入港税』が足りねえぞ!」
「そんな! 昨日も別の旦那に払ったばかりですよ!」
詰め寄っているのは、兵士の甲冑を纏った男たち。
だがその立ち振る舞いは、規律正しい帝国の騎士とも、まだ愛嬌のあったシトラスの門兵とも違う。
獲物を狙うハイエナのような、下卑た欲望がその目に宿っている。
「……あれは、海軍の兵士ですか?」
ノエルが不安げに尋ねる。
俺は黙って観察を続けた。
兵士たちは泣きつく店主を蹴り飛ばすと、売り物の高級な魚を数匹掴み、そのまま笑いながら去っていった。
驚いたのは、周囲の反応だ。
帝国の時のように「正義」の名の下に沈黙しているのではない。
人々は「またか」という顔をしながら、自分たちに火の粉が飛ばないよう、器用に目を逸らして日常に戻っていく。
「……この国は、腐り方が違うな」
帝国は「正義」に酔っていた。
だが、このフラン王国は「欲望」に溺れている。
兵士は海賊と見分けがつかず、商人は金を積んで権力を買い、民衆は奪われることに慣れきっている。
『――くふふ。
どうしたガルシア、食欲が落ちたか?
ここは良いぞ、プロインのような堅苦しい規律はない。
金と力さえあれば、何をしても許される自由の国じゃ』
ロキが皿の上の魚を欲しがるような、いやらしい声で囁く。
「……自由、か。 これのどこがだ」
俺は最後の一切れを口に押し込んだ。
魚は確かに美味かったが、喉を通る感触は砂のように酷くざらついていた。
ナポタンの港。
その黄金色の夕景の裏側で、俺の「不愉快」の種が、再び芽吹こうとしていた。
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