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勇者の陰に英雄あり ~手柄をすべて譲った俺は、悪神の加護を手に理不尽な世界を叩き潰す~  作者: 日向ぼっこ
第二章:異なる正義の旅路と亀裂

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020.極北の脱出、微かな道標

 帝都を包囲する鐘の音が、鼓膜を執拗に叩き続ける。

俺はノエルを抱え上げ、氷の嵐で視界を塞ぎながら、裏路地から裏路地へと駆け抜けた。


「いたぞ! あそこだ!」

「不浄の徒にパリスの裁きを!」


 背後から幾重にも重なる怒号と、石畳を叩く馬蹄の音。

路地を抜けるたびに、白銀の鎧を纏った騎士たちが立ち塞がる。

俺はそれらをまともに相手にすることなく、足元を凍らせて転倒させ、あるいは巨大な氷の壁を生成して物理的に道を塞いでいった。


 城壁の通用門が見えた。

そこを守る十数人の兵士たちが槍を構える。


「……どけッ!」


 叫びと共に放った冷気が、門の守衛たちを吹き飛ばし、巨大な鉄の扉ごと凍らせて砕いた。

帝都の外へと飛び出した俺を待っていたのは、寒風吹き荒ぶ雪原だった。


 それから三日三晩。

俺たちはほとんど休むこともなく、吹雪の中を歩き続けた。

帝国の追手はしつこかった。

街道を避け、山道を往く俺たちの前に、何度も「聖騎士」を名乗る連中が立ち塞がった。


「パリスの名の下に、魔人を討つ!」


 その度に、俺の拳は誰かを氷漬けにし、誰かの命を奪った。

最初はあった「助けるためだ」という言い訳は、繰り返される暴力の中で次第に摩耗し、泥のように濁っていく。


(……俺は何をやってるんだ)


 雪洞の中でノエルを休ませ、自分の赤く汚れた拳を見つめる。

助けたはずの民衆からは呪われ、正義を掲げる騎士たちを殺し続け、俺は今や、大陸最大の国家を敵に回した「大罪人」だ。

腹の底から、どろりとした黒い塊がせり上がってくる。

いっそ、追いかけてくる奴らも、この世界も、全部凍らせて壊してしまえば楽になれるんじゃないか。


『――そうじゃ、それでよい。

 葛藤など不要。

 お前が望めば、この北の大地全てを静寂の墓標に変えてやれるぞ?』


 ロキの声が、心地よい子守唄のように響く。

意識が深い闇へと沈みかけた、その時だった。


「……ガルシアさん」


 微かな声と共に、冷え切った俺の手を、温かい何かが包み込んだ。

ノエルだった。

彼女は疲れ切った顔で、それでも俺の目を真っ直ぐに見つめていた。


「ノエル……。

 起こしたか。

 ……俺は、もう……」


「大丈夫です。

 ガルシアさんは、私を助けてくれただけです。

 ……ガルシアさんは、魔物なんかじゃありません」


 彼女は俺の手を取り、自分の頬に当てた。

氷のように冷たくなっていた俺の指先に、彼女の柔らかな体温が伝わってくる。


「……私、また美味しいお魚が食べたいです。

 あのカリムで食べたような、キラキラしたお魚」


 その突拍子もない言葉に、俺の毒気が僅かに抜けた。


「……魚か。

 こんな雪山じゃ、カチコチに凍った川魚くらいしかいねえぞ」


「じゃあ、もっと暖かいところへ行きましょう?

 海の向こうから、たくさんお魚が届く場所へ」


 ノエルは少しだけ微笑んだ。

その瞳には、絶望ではなく、明日への小さな希望が灯っていた。


「……海洋国家フラン、か。

 あそこなら、魚の種類だけは腐るほどあるって聞いたな」


「はい。 そこへ行きましょう。 二人で」


 俺は深く息を吐き出し、胸の中の黒い塊を無理やり押し込めた。

ロキが舌打ちする音が聞こえた気がしたが、無視した。


「……分かった。 行こう、西のフラン王国だ」


 俺は立ち上がり、再びノエルを背負った。

後ろを振り返れば、自分たちが刻んできた血と氷に汚れた足跡が続いている。

だが前を見れば、月明かりに照らされた真っ白な雪原が、西へと続いていた。


 俺は「英雄」でも「魔王」でもない。

ただ、この隣で笑う少女に美味い魚を食わせたいだけの、しがない「便利屋」だ。


今は、それでいい。


自分にそう言い聞かせ、俺は冷たい風の中へ一歩を踏み出した。



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