002.招かれざる光、あるいは平穏への弔鐘
眠れない夜だった。
カイルの左手に刻まれた、あの不気味に発光する『太陽のあざ』。
あいつは「大丈夫だよ」なんて無理に笑っていたが、差し出された手は微かに震えていた。
俺にできることは、その震えを止めるために強く握り返すことだけだった。
夜が明け、マインの町を包む朝霧の中。
俺たちは町長に事の次第を報告するために、重い足取りで広場へと向かっていた。
「……なぁ、カイル。まだ熱いか?」
「ううん、今は少し痺れる感じがするだけだよ。
変だよね、怪我でもないのに」
カイルは包帯でぐるぐる巻きにした左手を見つめて、寂しそうに微笑んだ。
その時だ。
――ファンファーレの音が、町の入り口から鳴り響いた。
鉱山町マインには似つかわしくない、荘厳で、どこか傲慢な旋律。
霧を切り裂くようにして現れたのは、白銀の甲冑を纏った騎士たちと、豪奢な紋章が描かれた馬車だった。
「なんだ……? 王都の連中か?」
俺は本能的にカイルを背後に隠した。
騎士たちが整列し、馬車の扉が開かれる。
降りてきたのは、豪奢な法衣に身を包んだ老人とどこか浮世離れした美しさを持つ少女だった。
「道を開けなさい。
パリス神の御名において、聖なる神託を受け、我らはこの地へ赴いた。」
老人が杖を鳴らすと、野次馬として集まった町の人々がその威圧感に気圧されて静まり返った。
老人は教皇直属の調査団だと名乗った。
「シトラス王国の巫女マヤ・リンドー様へ、神託が下った。
――『王国辺境の地に、左手の甲に太陽のあざを持つ勇者が現れる』とな」
心臓の鼓動が嫌な音を立てて早くなる。
周囲の視線が自然と俺の背後にいるカイルへと集まっていく。
町長が震える声でカイルを指差した。
「そ、その痣なら……
カイルの手に……」
調査団の老人の目が、鋭くカイルを射抜いた。
彼は迷いのない足取りでこちらへ近づいてくる。
「おい、待てよ。
神託だか何だか知らねえが、こいつは俺の連れだ」
俺は一歩前に出た。
だが、調査団と共にいた少女――巫女候補のマヤが悲しげな、それでいて全てを見透かしたような瞳で俺を見た。
「どいてください、ガルシアさん。
それは、彼が背負うべき運命なのですから」
「……なんで俺の名前を知ってやがる」
返事はなかった。
老人が強引にカイルの手を掴み、包帯を解き明かす。
白日の下に晒された、鮮烈な黄金の痣。
それを見た瞬間、調査団の連中はその場に跪いた。
「おお……間違いない!
これこそがパリス神の授けし『太陽の加護』!
貴殿こそが、世界を救うべき勇者だ!」
広場がどよめきに包まれる。
「勇者?」
「カイルが?」
「あの大人しいカイルが世界を救うのか!?」
驚き、称賛、そして期待。
一瞬にして、町の人々の目が「友人」を見る目から、「救世主」を拝む目へと変わった。
カイルは戸惑い、助けを求めるように俺を見た。
俺はその手を掴もうとしたが、白銀の騎士たちに阻まれた。
「勇者殿、直ちに王都ガイアへお越しいただきます。
国王陛下がお待ちです」
「待て! こいつはそんなガラじゃねえ!
勝手に決めるな!!」
俺の怒鳴り声も熱狂する群衆の声にかき消される。
カイルは無理やり馬車へと促されていく。
あいつは、流されやすい性格だ。
皆に期待され、頭を下げられれば、「嫌だ」とは言えない。
……そんなこと、俺が一番よく知っている。
「ガルシア!」
馬車の窓から、カイルが必死に俺を呼んだ。
俺は騎士を突き飛ばし、馬車に飛びついた。
「分かってる! 俺も行く!
お前一人でそんなわけの分からねえ場所に行かせるかよ!」
調査団の老人は不愉快そうに鼻を鳴らしたが、カイルが「彼がいないと行かない」と珍しく強く主張したため、俺の同行はしぶしぶ認められた。
こうして、俺たちは住み慣れたマインの町を後にした。
見送りに出てきた町の人々は、口々に「勇者様、頑張ってくれ」「魔物を倒してくれ」と叫んでいた。
それは応援という名の、重たい『呪い』のように俺の耳には聞こえた。
馬車が町を離れ、険しい山道に入った頃。
それまで黙っていた巫女のマヤが、ぽつりと呟いた。
「勇者は、人々の願いを叶えるために生まれます。
けれど……
その願いが勇者自身にとっての幸せであることは、滅多にないのです」
カイルは青ざめた顔で窓の外を見つめていた。
俺はあいつの隣に座り、座席の下で拳を固く握った。
――勇者だの神託だの、知ったことか。
もし王都の連中がカイルに無理難題を押し付けるなら、その時は俺が全部ぶっ壊してやる。
……だが、この時の俺はまだ知らなかった。
王都ガイアという場所が、どれほど醜い欲望と黒い闇に満ちている場所なのかを。
そして、俺自身も運命のいたずらに翻弄されようとしていることに……
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