018.濁った安寧、英雄の忍耐
「――なら、我がパリスの神光で癒やしてやろう。
……力ずくでもな」
騎士が剣の柄を鳴らした瞬間、俺の右拳には無意識に力がこもった。
このまま、この傲慢な顔面に渾身の一撃を叩き込んでやれば、どれほどスカッとするだろうか。
ロキも脳内で「やれ、やってしまえ!」と手拍子を叩いている。
だが、背中で震えるノエルの指先が、俺の激情を辛うじて繋ぎ止めていた。
「……旦那、そう急かしなさんな。
これを見て、矛を収めちゃくれねえか」
俺は顔に張り付いたような卑屈な笑みを浮かべ、懐から革袋を取り出した。
カリムで便利屋として稼ぎ、シトラスを去る前に換金しておいた数枚の金貨。
それを、周囲に見えぬよう騎士の手元へ差し出す。
「火傷の痕なんて見ても、旦那の綺麗な目が汚れるだけだ。
これを今日の酒代にでもして、見逃してやってくれよ」
騎士は俺を蔑むような目で見下し、袋の重みを確かめると、鼻を鳴らして剣から手を放した。
「……ふん。
まぁよい、その敬虔であり謙虚な態度に免じてやろう。
行け、その不浄な連れを二度と白昼堂々歩かせるなよ」
騎士たちが笑いながら去っていく。
俺は今にも爆発しそうな激情をなんとか抑え、ノエルの肩を抱いて路地へと入った。
「……ごめんなさい、ガルシアさん。
私のせいで、大事なお金が」
「気にするな。
入国早々もめごとを起こすわけにもいかないからな。
まぁ入国税みたいなもんとでも思っとくさ」
それから数日。
俺たちは帝国の辺境に近い下層街で、身を潜めるように暮らし始めた。
便利屋を名乗ることもせず、俺は石材を運ぶ日雇いの力仕事をこなし、ノエルは宿の狭い部屋でフードを深く被ったまま俺の帰りを待つ、そんな日々が続いた。
シトラス王国では、俺の力は「英雄」として、あるいは「便利な道具」として求められた。
だがこの帝国において、俺はただの「不浄な余所者」であり、ノエルは「存在してはならない汚れ」だった。
昼の休憩時、パンを噛み締めながら広場を眺めれば、パリス神の慈愛を説く神官の声が響いている。
その足元では、帝国の市民たちが「パリスの寵愛を知らぬ者たち」への蔑みを隠そうともせず、平然と日常を謳歌していた。
歪んでいる。
ここは、綺麗に磨き上げられた地獄だ。
正しいとされる教えが、そのまま誰かを踏みにじる刃になっている。
『――ふふっ、いつまで耐えられるかのう。
ガルシアよ、お前の魂が腐臭を放ち始めておるぞ。
その怒りを閉じ込めておくには、お前の心は少しばかり狭すぎるようじゃ』
「黙ってろって言ってるだろ。
……俺は、ノエルとただ静かに暮らしたいだけだ」
自分に言い聞かせるように呟くが、拳の震えは止まらない。
そんなある日の帰り際。
俺が宿へ戻ると、部屋の前に見慣れぬ数人の男たちが立っていた。
宿の主人が、真っ青な顔で俺に縋り付いてくる。
「ガルシアさん!
申し訳ない、隠し通せなかった……!
騎士団の『異端審問官』様たちが、お連れさんの素性を疑って……!」
部屋の中から、ガシャンという物音と、ノエルの短い悲鳴が聞こえた。
俺の頭の中で、何かが音を立てて千切れた。
この数日間、卑屈な笑みの下に隠し続けてきた激しい脈動が、氷の嵐となって全身を駆け巡る。
「……あ、悪りぃ、ノエル。
俺、やっぱり向いてねえわ」
卑屈な笑いは、もう作れなかった。
俺は、立ち塞がる男たちの顔も見ず、ただ重く、冷たい一歩を踏み出した。
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