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勇者の陰に英雄あり ~手柄をすべて譲った俺は、悪神の加護を手に理不尽な世界を叩き潰す~  作者: 日向ぼっこ
第二章:異なる正義の旅路と亀裂

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018.濁った安寧、英雄の忍耐

「――なら、我がパリスの神光で癒やしてやろう。

 ……力ずくでもな」


 騎士が剣の柄を鳴らした瞬間、俺の右拳には無意識に力がこもった。

このまま、この傲慢な顔面に渾身の一撃を叩き込んでやれば、どれほどスカッとするだろうか。

ロキも脳内で「やれ、やってしまえ!」と手拍子を叩いている。


 だが、背中で震えるノエルの指先が、俺の激情を辛うじて繋ぎ止めていた。


「……旦那、そうかしなさんな。

 これを見て、矛を収めちゃくれねえか」


 俺は顔に張り付いたような卑屈な笑みを浮かべ、懐から革袋を取り出した。

カリムで便利屋として稼ぎ、シトラスを去る前に換金しておいた数枚の金貨。

それを、周囲に見えぬよう騎士の手元へ差し出す。


「火傷の痕なんて見ても、旦那の綺麗な目が汚れるだけだ。

 これを今日の酒代にでもして、見逃してやってくれよ」


 騎士は俺を蔑むような目で見下し、袋の重みを確かめると、鼻を鳴らして剣から手を放した。


「……ふん。

 まぁよい、その敬虔けいけんであり謙虚な態度に免じてやろう。

 行け、その不浄な連れを二度と白昼堂々歩かせるなよ」


 騎士たちが笑いながら去っていく。

俺は今にも爆発しそうな激情をなんとか抑え、ノエルの肩を抱いて路地へと入った。


「……ごめんなさい、ガルシアさん。

 私のせいで、大事なお金が」


「気にするな。

 入国早々もめごとを起こすわけにもいかないからな。

 まぁ入国税みたいなもんとでも思っとくさ」


 それから数日。

俺たちは帝国の辺境に近い下層街で、身を潜めるように暮らし始めた。

便利屋を名乗ることもせず、俺は石材を運ぶ日雇いの力仕事をこなし、ノエルは宿の狭い部屋でフードを深く被ったまま俺の帰りを待つ、そんな日々が続いた。


 シトラス王国では、俺の力は「英雄」として、あるいは「便利な道具」として求められた。

だがこの帝国において、俺はただの「不浄な余所者」であり、ノエルは「存在してはならない汚れ」だった。


 昼の休憩時、パンを噛み締めながら広場を眺めれば、パリス神の慈愛を説く神官の声が響いている。

その足元では、帝国の市民たちが「パリスの寵愛を知らぬ者たち」へのさげすみを隠そうともせず、平然と日常を謳歌していた。


 歪んでいる。

ここは、綺麗に磨き上げられた地獄だ。

正しいとされる教えが、そのまま誰かを踏みにじる刃になっている。


『――ふふっ、いつまで耐えられるかのう。

 ガルシアよ、お前の魂が腐臭を放ち始めておるぞ。

 その怒りを閉じ込めておくには、お前の心は少しばかり狭すぎるようじゃ』


「黙ってろって言ってるだろ。

 ……俺は、ノエルとただ静かに暮らしたいだけだ」


 自分に言い聞かせるように呟くが、拳の震えは止まらない。

そんなある日の帰り際。

俺が宿へ戻ると、部屋の前に見慣れぬ数人の男たちが立っていた。

宿の主人が、真っ青な顔で俺にすがり付いてくる。


「ガルシアさん!

 申し訳ない、隠し通せなかった……!

 騎士団の『異端審問官』様たちが、お連れさんの素性を疑って……!」


 部屋の中から、ガシャンという物音と、ノエルの短い悲鳴が聞こえた。


 俺の頭の中で、何かが音を立てて千切れた。

この数日間、卑屈な笑みの下に隠し続けてきた激しい脈動が、氷の嵐となって全身を駆け巡る。


「……あ、悪りぃ、ノエル。

 俺、やっぱり向いてねえわ」


 卑屈な笑いは、もう作れなかった。

俺は、立ち塞がる男たちの顔も見ず、ただ重く、冷たい一歩を踏み出した。


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