017.神聖帝国プロイン:排他性の壁
港町カリムを後にして、ひたすら北へ歩き続けて一週間ほど。
最早シトラス王国に居場所はない。
そう悟った俺とノエルは、国境を越え、神聖帝国プロインに入国していた。
肌を刺す風が湿り気を失い、代わりに硬く冷たい乾いたものへと変わった頃、俺たちの前には天を突くような白亜の城壁が現れた。
大陸最大の宗教国家、神聖帝国プロイン。
「パリス教のみを唯一の正義」とし、他を排斥することで純潔を保つ、この大陸で最も苛烈な秩序が支配する国だ。
「……すごい、大きな街ですね」
隣でノエルが、不安を隠すように俺の外套の端を掴みながら呟いた。
検問は異常なほど厳重だった。
だが、俺が「マインから来たしがない鉱夫」として、ノエルを「下働きの使用人」として登録することで、なんとか通行証を掠め取った。
一歩足を踏み入れれば、そこはシトラスの長閑な雰囲気とは無縁の、鉄と規律の世界だった。
歩く人々はどこか表情が硬く、街の至る所にパリス神を象った巨大な石像が、俺たちのような異邦人を監視するように立ち並んでいる。
「いいか、ノエル。
ここではあまり目立つな。
耳を隠すフードは絶対に脱ぐんじゃねえぞ」
「はい、分かってます……。
でも、なんだか、空気が苦しいです」
彼女の感覚は正しい。
この街には、俺たちがいたマインやカリムにあった「隙」がない。
とりあえず喉を潤そうと立ち寄った広場で、俺たちは「帝国の日常」という名の醜悪な光景を目の当たりにすることになった。
「――立て。
パリス神の恩寵を知らぬ獣風情が、公道で倒れるなど不敬であるぞ」
怒声が響いた。
見れば、豪奢な白銀の鎧を纏った帝国の騎士が、泥まみれで倒れ込んでいる獣人の老人を蹴りつけていた。
老人は重い荷物を運んでいた最中に倒れたらしい。
荷の中身である麦が石畳に散乱している。
「申し訳、ございません……。
どうか、どうかお慈悲を……」
「黙れ。 不浄な言葉を吐くな。
汚らわしい。
貴様らのような亜種は、下水溝を這うのが相応しいのだ」
騎士は笑いながら、老人の手を踏み抜いた。
周囲の人々は、誰も助けようとはしない。
それどころか、石像のような冷めた目で、当然の報いだとばかりに眺めている。
――不快だ。
カリムの役人よりも、こいつらはタチが悪い。
自分たちが神の名の下に、絶対的な正義を行っていると確信しきっていやがる。
『――くふふ。
どうしたガルシア、手が震えておるぞ。
あやつを氷漬けにして、その不遜な口を永遠に閉ざしてやりたいのではないか?』
脳内のロキが、愉しげに火に油を注いでくる。
俺は拳を強く握りしめた。
だが、その拳を制するように、ノエルが俺の手を両手で包み込んだ。
「……ガルシアさん、駄目です。
ここは、シトラスじゃない」
彼女の瞳は潤んでいた。
同種が虐げられるのを見て、俺以上に心は千切れているはずなのに。
それでも彼女は、俺をこれ以上の「逃亡者」にさせまいと必死だった。
「分かってる。 ……分かってるさ」
俺は視線を逸らし、その場を離れようとした。
だが、運命はいつだって俺の期待を裏切る。
「おい、そこのフードの娘。 止まれ」
別の騎士の声が、背後から突き刺さった。
見れば、先ほどの老人に飽きたのか、騎士たちの下劣な視線がノエルの背中に向けられていた。
「この神聖なる帝国に似合わぬ、甘い香りがするな。
……そのフードの下を見せろ。
まさか、潜り込んだ不浄な亜種ではあるまいな?」
俺の心臓が、ドクンと嫌な音を立てた。
氷のような怒りが、足元からじわりと這い上がってくるのが分かった。
……ああ、クソだ。
どこへ行っても、俺の「不愉快」は消えちゃくれないらしい。
「悪いな、旦那。
この子は酷い火傷で顔を隠してるんだ。
人様に見せられるもんじゃねえよ」
俺はノエルを背中に庇い、冷え切った声でそう告げた。
だが、騎士は卑屈な笑みを浮かべながら、腰の剣に手をかけた。
「なら、我がパリスの神光で癒やしてやろう。
……力ずくでもな」
神聖帝国プロイン。
この閉ざされた楽園で、俺は初めて、特定の個人ではなく「世界」そのものを殴りつけたいという衝動に駆られていた。
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