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第9話:知った者の責任と選択

その日アキヤマ探偵事務所はいつも以上に騒がしかった。いつもはアキヤマのダラシなさを咎めるエルとそれをなだめるアキヤマの声。その日は違った。

 

「だーからぁ…」

 

「いや、いい。ほんっとにいい。頼む。これ以上人件費はかけたくないんだ」

 

「なに言ってるの。おじさん。雇うべき。ただでさえおじさんが散らかすせいで私がこの事務所の掃除に苦労してるんだけど?」

 

この会話の主は所長のアキヤマとその助手エル。そしてもう一人、アヤカだった。実はアヤカはエルが学園を去る日あまりにも泣きじゃくるものだったから仕方なくアキヤマ探偵事務所で働いていることを告げたのだ。

 

「あの日のアヤカ、ほんとに手がつけられなかったんだから」

 

「えへへ…ごめんごめん。だってエルと二度と会えなくなるのかと思ったんだもーん」

 

その顔はまるで子どもみたいだった。

 

「私何でもします。掃除洗濯炊事やります」

その言葉を聞いた瞬間エルの目が光る。

 

「しかし…うちはあんまり余裕がないもんでな」

アキヤマは頭を抱える。そんなアキヤマにエルが遮る。

 

「余裕がないのはおじさんが競馬とパチンコに全部擦るからでしょ?依頼はちゃんと舞い込んでくるしそこそこ依頼料は弾んでもらえるんだから」

 

「うっ…それは…」

 

「私、タダでも働きます!私、探偵が夢だったので!」

 

その言葉にエルは言う。

「だめだめー。タダより高いものはないの。それに私的にはおじさんの競馬とパチンコ代にお金が消えるぐらいならアヤカに使ってもらった方が嬉しいんだから」

 

エルはアキヤマをちらっと見る。アキヤマはギョッとする。そして言う。

「ま、まぁそんなに働きたいなら構わない。ただし…」

アキヤマは紙を取り出す。

 

「この依頼を完成させたら認めよう」

 

アヤカは目を輝かせる。

「やった…!がんばります!」

 

こうして探偵助手見習い、アヤカの一日が幕を開ける。


依頼内容はこうだった。ポチを探して。以上。

 

「依頼のくせに情報が少なすぎる…」

情報が薄い依頼ほど難解。エルは嫌というほどわかってる。隣では張り切って仕事をしようとするアヤカの姿。

 

(まぁ、アヤカ楽しそうだしいいか…)

 

「そういえばミヤビはどうしたの?」

エルは聞く。

 

「ミヤビも誘ったんだ。でも拒否された。今はその時じゃないって」

 

「"今は"?」

エルの中でどうも引っかかった。

アヤカは言った。

 

「でもミヤビすぐ来ると思う。私信じてる」

アヤカの眼は確信だった。そして依頼書を持って言う。

 

「とりあえずポチの手がかり探してくるね」

そう言って出かけた。


アヤカを見送った2時間後、エルがたい焼きを食べていると来客が来た。依頼人ではなかった。ミヤビだった。


「ミヤビ?どうしたの?」


エルは手にノートパソコンをやってきたミヤビを見る。


「今日はあなたと話をしたくて来た。」

その答えはあっさり。


「話?というか、よくここがわかったね」


「こんなのすぐにハッキングなしでも特定できる。」


物騒なことが聞こえたような気がしたがエルは気にせずお茶を出す準備に取り掛かる。アキヤマは不在。

当たりやすい台が出たとかでパチンコ屋に行った。

もちろん手土産にたい焼きを買ってくることを条件に。

ミヤビはノートパソコンの電源を入れて何やら作業を始めた。エルがお茶を出すとミヤビは口を開く。


「単刀直入に聞く。あなた、何者?」


その言葉にエルは食べる手を止める。会った時から警戒はしていたが疑われている。


「……。どういうこと?」


エルの言葉は疑問ではない。確認だ。


「あなたからはウルフの気配がした。あの日会ったウルフと同じ気配。でも同時に人間味を感じる…ただの勘だけどね。あとはこれ。」


ミヤビはノートパソコンを見せつける。それはエルの個人情報。


「それを、どこで…」


「アザル街の役所のデータをハッキングしたの。あなたのことが気になったから」


ミヤビは続ける。

「あなたのデータ、違和感があるの。出生地が3回変わってるし保護者欄が二重。そしてあなたは血液検査を受けていない。でも人間として登録されてる。」


エルが黙る。


「ウルフが紛れないようにするためにこの街では血液検査は義務。なのにあなたは受けていない。この時点であなたが普通じゃないことは明確。」


この少女は半分勘づいてる。エルの正体を。

エルは強張った表情でミヤビを見る。


「仮に私が人間じゃないならどうする?告発する?消す?」


「いいえ。」

ミヤビが言う。


「知ってしまったからには見て見ぬふりはできない。だから…」

一拍。


「私は責任をとってあなたと一緒に行動する。知ってしまった者の責任。」


「……。どうしてそんなに私を?」


エルは聞いた。その声は単純な疑問。

「あなたは人間じゃないかもしれない。でもあなたが私たちを守ってくれたときの顔は、捕食者の眼じゃなかった。だから…」

一拍。


「あなたが何者か教えて。」

エルは思う。この少女に隠し事は無用だ。


「わかった。そこまでわかってるならもう隠さなくていいね。」


エルは息を整えた。これは秘密の告白じゃない。生きるための選択だ。


「私は…ウルフ。そして人間。両方の血を持つ。私はこの事務所で働きながら失った記憶を辿ってる。」


ミヤビは驚かない。もうわかっているから。

「そう……。」

それだけ言う。


「人間は…食べないの?」

ミヤビは聞く。恐れてはいない。ただ聞くだけ。


「それは…わからない。絶対に食べない保証はないから。でも…」


エルは続ける。

「選ぶ。選んで、生きて、選んで、生きる。」


その答えを聞くとミヤビは言った。


「何それ。答えになってない」


呆れる声、でも顔は笑ってる。


「そうだ。もう一つ言わなきゃいけないことがある。」


「ありがとう。あの時私を助けてくれて。」


ミヤビは微笑んでいた。その時は普段のクールな顔を捨てて無邪気に笑う少女だった。





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