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第8話:脅威の終わりと始まり

あの後エルとミヤビは眠るアヤカを寮まで運んだ。

 

「アヤカ…よく起きないね」

 

「この子ったら…無理しすぎたのね」

 

呆れるエルとミヤビ。でもミヤビは少しホッとしたような表情だ。

 

「アヤカね。私に一番初めに話しかけてくれて、一番私と一緒にいてくれた子なの。今回のこともずっと止めてくれた。この子が私のことをあなたに紹介したのも私を助けるためだったのかな」

 

ミヤビは珍しく計算しない。

「ねぇ、エル。」

「うん?」

 

「どうして私を助けたの?確かに資料をちらつかせたのは私だけどそんなのほっとけばよかったのに」

ミヤビは問う。

 

「……選んだだけ。」

 

「選んだ?」

 

「ただ選んだ。それだけ。見殺しにするのは寝つきが悪くなるでしょ?」

 

「……ふふっ」

ミヤビは笑っていた。でも涙が出ていた。いつものクールな顔をぐちゃぐちゃにして。エルはミヤビが落ち着くまで何も言わない。

ミヤビが口を開く。

 

「ほんとはね、今日死ぬつもりだった。あのウルフは姉さんを食べたの。行方不明事件として処理されたけどね。姉さんが行方不明になってから少しずつ家族は崩壊していったの」

 

ミヤビはさっき地下で拾ったロケットペンダントを出す。中には家族写真と思われるもの。幼いミヤビとその隣で笑う今のミヤビとよく似た女の子。そしてその背後には優しそうな微笑みを浮かべる男性と女性。ミヤビの両親だ。

 

「私は家族を取り戻したかった。だから必死で姉さんの事件について調べて、この学園に辿り着いた。家族は学園で私が一番になっても私が満点を取っても全く喜ばなかったけどね。そしてとうとう、家族は私をおいて死んだ。2年の時、寮でそれを知った。」

 

「ミヤビ……」

エルは言葉に詰まる。

 

「たとえまぐれであのウルフを倒せたとしても生きる希望はなかった。私は全部失ったから…」

ミヤビは聞いた。

 

「エル…。私生きるのが怖い。何のために生きればいい?」

 

無理やり笑いかけるミヤビにエルは言った。

「それはわからない…でも」

一拍。

 

「生きる理由ならいくらでも増やせる。ミヤビは選ばなきゃいけない。それは難しくて苦しいことだ。でもミヤビなら一つもう選択を持ってるんじゃないかな。」

 

ミヤビは眠るアヤカを見る。

「アヤカ……」

 

「意味がないまま生きるのも選択だよ。生きてるうちに意味を見出していればもう完璧。それでいいじゃない」

その言葉にミヤビは少し笑う。

 

 

 あの後、エルは眠れなかった。依頼内容の報告、保安局からの事情聴取。その他もろもろ。事情聴取はエルにとって恐ろしい瞬間だった。どうやってウルフを見つけたのか、どうやって生き延びたのか。そしてこのことは公言しないように厳重に注意された。公言したところで誰も信じないのに。エルは偶然不審者(もちろんいない)が入るのを見たため地下を見つけ出しその先でウルフを見つけたが警備員さんが守ってくれたと言った。そのおかげで気絶から目覚めたワタナベが英雄扱いされるようになったのはまた別の話。

 どうやら前の学園長はライナが生徒を食べている瞬間を目撃し、ライナに脅され協力していたらしい。七不思議を流したのも彼だ。第二、第三学園長室はもともと本当に前の学園長の趣味だったらしいがライナが身を潜めるための地下室の鍵にされたのだ。地下があるという証拠も全て彼が焼き払ったのだ。

 

今の学園長ジズルとエルは第一学園長室で依頼完了手続きをした。

 

「ウルフだったのですね…」

 

「はい。モグモグ……地下室から出た人骨の数的に……相当な数の生徒を食べていたようです。このケーキ美味しい……」

エルは出されたケーキを食べながら言う。

ジズルは被害者の生徒の写真を見て言う。

 

「もっと早くに動いていれば救われた命もあったはずだった…被害者の生徒には申し訳ないことをしてしまった…」

 

ジズルは地下の惨劇を見たとき真っ先に祈りを捧げた。生徒を失わせてしまった悲しみと自身への悔やみが混ざった表情をしていた。エルは口についた生クリームを拭き取り言った。

 

「あのウルフは随分前からいたように思えます。随分多くの種類の制服がありましたから……保安局が見つけられなかったんです。無理もない」

 

エルは慰めのつもりで事実を述べた。これが今多くの生徒を失った学園長にできる事だったから。

 

「さて私はこの学園の騒動を抑えにいかなくては。ついでに生徒に囲まれている勇敢な警備員さんを助けに行かなくてはね」

 

ジズルは意地悪く笑って見せた。

「もちろんこのことは他言しません。それがこの探偵事務所に依頼する条件でしたからな」

 

「ありがとうございます」

 

 その後学園の七不思議は消えた。その代わり2日で退学した生徒がいると大きな話題になったことをエルは知らない。


アキヤマ探偵事務所。エルにとっての日銭稼ぎの場であり、人間の街での居場所。

 

「ふぅ、やっぱりここが一番落ち着く」

 

エルは探偵事務所の扉を開けた。そこに広がっていたのはゴミ屋敷だった。灰皿には無数のタバコ、机の上には空のコンビニ弁当やら雑誌、新聞。床には脱ぎ捨てられた衣服があり、台所も大量の食器があった。ソファーに新聞を顔に被って眠っていたアキヤマが目を覚ます。

 

「よっ。おかえり。無事に依頼を終わらせたんだな」

 

「ちょっと、おじさん?なんですかこのきったない事務所。私2日しかあけてませんよね?」

 

「すまん。俺には…どうやら部屋を汚す才能しかないみたいだ」

 

エルが無言で剣を取り出す。

「おいっ、ばか!やめろ!無言で剣を向けるな!」

 

エルは剣を持ってアキヤマを追い回す。

「うわぁぁぁ!おい待て。話を聞け。俺も色々あってだなぁ…」

 

「どうせ競馬、パチンコ、タバコでしょ?」

 

「違う。今回は、競馬には行っていない」

 

 アキヤマが怒るエルの刃を神経白羽どりしながら言う。

「……。そういうことじゃない。」

 

「だぁぁぁぁぁ!エル!怖いって!冗談だ!」

 

こうしてエルのなんらいつもと変わりのない日常が戻った。ちなみにアキヤマはアカシヤのたい焼き20個をエルに買い、依頼料を全額エルに与えたことで1週間洗い物当番で許してもらえた。


ネオトピアシティの外部の一角。そこは電気はおろか人も動物もいない殺風景な場所。存在するのはかつてあった世界の残骸である廃墟のビルや塔、半壊した建物、そして血肉に飢えたウルフたち。

そんなディストピアを見下ろす影がいた。黒いドレスに身を包み、夜の帳をそのまま纏ったかのような漆黒のロングヘア。血のように真っ赤に塗られた爪に大きな美しい赤い瞳に余裕のある笑みはまさに女王と呼ぶに相応しかった。女は玉座のような椅子に深く腰掛け、脚を組みながら片手のワイングラスを揺らす。中身は血。

彼女に忍び寄る影があった。一切の感情を排したような氷のような瞳を持つ女性。ーーエーナだ。

深く被ったフードから覗くのは透き通るようなプラチナブロンドのロングヘア。彫刻のように整った美貌は通う血を感じさせないほど白い。


「イレーネ様。ご報告が、ございます。」

 

「聞きましょう。」

 

イレーネはエーナを見ずに言う。興味のない報告の時にはいつもこうだ。エーナは続ける。

 

「ネオトピアシティに長く住むウルフが1匹、やられました。彼女は学園を根城にしており多くの人間を食べていました…強力なウルフでした。」

 

イレーネは揺らしていたグラスを止める。

 

「ほう…?誰に?」

 

エーナは言う。

「三人いました。うち二人は脅威というほどではございません。ですが…」

 

エーナは目を細めた。

「もう一人が少し興味深い個体でした…」

 

そこでイレーネは初めてエーナを見る。

「その子について教えて。」

 

その時にはイレーネは体を起こし椅子に座り直していた。

「齢十八ほどの小娘です。エルと名乗っていました。うまく隠していたようですが、人間以外の…ウルフの匂いがしました」

 

「あら……」

イレーネは微笑む。その笑みは柔らかく妖艶で、確実に面白がっていた。

 

「正確に相手の核の位置を見切っていました。最後まで殺すのを躊躇い殺されかけたところをあとの二人に救われていました。」

 

「その子は何者?」

イレーネは問う。その顔には先程までの興味のない顔はなかった。

 

「あくまで私の予想に過ぎませんが…おそらくウルフと人間の混血かと…」

 

「……なるほどね」

イレーネは笑う。その笑みは獲物を見つけたときのものではない。まるで世界一輝く宝石を手にした時のような笑み。

「エーナ。」


「はい。」


イレーネは慈愛に満ちた、しかし冷酷な瞳で言う。

「その子をしばらく観察しなさい……壊れるまでね」


「かしこまりました。」

エーナは闇に消えた。

部屋に一人残ったイレーネは柔らかくも冷酷に笑う。

 

「人間のユートピアとウルフのユートピアの間に生きる存在……」

 

そしてイレーネはワイングラスの中身を少し飲む。

「面白いものが見れそうね……エル。」

エルはまだ知らない。この日最も恐ろしい存在に興味を持たれたことを。





 

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