第33話:子どもたち
「……エル……エル……」
誰かが呼んでいる。温かくて、どこか懐かしい匂い。
(……誰だ……?)
目を開けたくても瞼が重くて開けられない。
「……エル。大きくなったら、一緒に世界を見に行こうね。」
少女の声。澄んだ声。
(……わたし……知ってる気がする……でも……思い出せない……)
その瞬間、その少女のか細い声が聞こえた。先ほどまでの甘い懐かしい匂いとは変わって一瞬にして鉄の味を含んだ血の匂いに変わる。
「……エル……ちが……違うの……」
頭が痛くなる。
(……やめろ……やめてくれ……!)
その時だ。
「…………エル…………エル!…………目を覚ませ!」
聞き覚えのある荒々しい声。エルはようやく目を開ける。
「エル!……よかった!無事だったんだな?!」
アキラだ。エルは周りを見渡す。エルは停車した列車の座席に横たえられていた。
「エルぅ!心配したんだよ?!よかったぁぁぁ!」
アヤカがエルに抱きつく。苦しい。でも温かい。
ザザンが決めポーズしながら言った。
「……ふっ。流石の僕でも心配したぞ?まぁ、僕の仲間がそう簡単にやられるとは思わないがなッ!(訳:うわぁぁぁん!エル生きててよかったァァァァ!)」
「……だいぶうなされてた。……一体、運転席で何があったの?あなた、黒装束の死体の横で眠ってたのよ?……通信も途切れちゃったし……」
ミヤビは心配そうにエルの顔を覗く。
エルは運転席での出来事を思い出す。エルは頬に手を当てた。傷はウルフの血のおかげでもう跡形もなく治っている。でもどこかズキリと痛む。そしてどうしても耳から離れないねっとりとした甘い声。
「……ううん。ちょっと疲れが出ちゃったみたい……そういえばおじさんは?」
エルは辺りを見回す。
「アキヤマさんなら、到着した保安局の増援に事態を説明してるぞ。……なんかアキヤマさん、保安局に顔が利くみたいだから、色々うまく説明してくれてるみてぇだ。」
アキラが言う。
エルの頭の中にたくさんの情報が錯綜する。
黒装束の男の首を折った感触、ねっとりとした甘い声、そして謎の少女の声。
(……今は考えないでおこう)
そう思わなければ立っていられなかった。エルが立ち上がるとアヤカがエルにハンカチで包んだものを渡す。
「……これ、折れちゃった剣の先。……異形ウルフに踏まれて、ちょっと歪んじゃったけど……」
エルは手に取る。
「……ありがとう。嬉しいよ。」
エルはアヤカに微笑みかけた。
「おーい、お前ら。保安局が送ってくれるってよ。……おぉ、エル。起きたのか。」
アキヤマが窓からひょっこり顔を出す。
「保安局のやつ、根掘り葉掘り聞いてきやがった……まぁ、あの二人の刑事がなんとかしてくれるみたいだから全部押し付けてきたがな。」
アキヤマはニヤリと笑って見せた。
「あぁ!荷物!……くっそぅ、あの中におニューのダンベル入ってたのに……」
アキラが思い出したように叫ぶ。
「……あんたダンベル持ってきてたの?」
ミヤビが呆れたように言う。
「あぁ!こういうときでも強くなる努力は必要だろ?」
「そう……でもよかったじゃない。ダンベルいらなくなるぐらい動いたでしょ?」
「た、たしかに。……っていやだよ!こんな命懸けての筋トレなんて!」
「……ふっ、僕も少しは強くなれ……」
「お前ほとんど気絶してただろ?……なぁエル。こいつ、お前が運転席行った後、尋常じゃないぐらい足震えてまた気絶したんだぜ?」
「なっ……あれは武者震いのしすぎで眠っただけだ!」
「どっちも変わらないわよ……」
「武者震いってなぁに?なんかかっこよさそう!」
いつものやり取り。アキラが叫び、ミヤビがツッコみ、ザザンが強がり、アヤカが的外れなことを言う。騒がしいけれどこの騒がしさが、エルの苦しみを忘れさせてくれる。
「おーい。早く乗れー」
アキヤマが呼ぶ。一同はパトカーに乗り込む。
「安全運転で頼むぜ?保安局さんよ。俺は寝る。」
アキヤマはそのまま爆睡。
そのままエルたちを乗せたパトカーはネオトピアシティへと帰っていく。こうして長くて騒がしい旅は幕を閉じた。
地図から忘れ去られた地に聳え立つ屋敷。その屋敷内のサロン。そこには長テーブルがあり、八つの椅子が用意されていた。中で最も大きく豪華な椅子に座る人物。漆黒のドレスに身を包んだ女性――イレーネ。イレーネは膝の上で猫のように甘える少女の髪を撫でながら聞いた。
「……ふふっ。遊びはどうだったかしら?」
イレーネは剣の手入れをしている女に目を向ける。黒を基調とした服を着た女――ユネラ。
「とっても可愛かったよぉ?まだ壊れない目してたぁ……♡」
隣に座っていた黒いコートの男――ムーリスが口を開く。
「ハハッ……あの餓鬼……随分と美味そうな匂いがするんだよなぁ……あの喉笛……噛みちぎってやりたい……」
ムーリスは舌なめずりをする。その時、ムーリスを嗜めるかのようにフードからプラチナブロンドの髪を覗かせた女――エーナが言う。
「お辞めなさい、ムーリス……あの少女はイレーネ様の獲物です……勝手に手を出したら……どうなるかわかっていますね?」
ムーリスは不貞腐れたように口を紡ぐ。その間に二人のギャルJKのような格好をした少女たちが口を挟んだ。
「ねぇねぇ?あの子ガチ面白そうじゃん?」
「マジそれ?だってティエラやっちゃったんでしょ?」
「…………。」
イレーネの膝の上で撫でられている少女はこの状況が心底どうでもいいのか、黙ってイレーネの膝に身を預けている。
その時、一人手元で糸を弄びながら虚空を見つめる白いフードを被った少女がポツリと言った。
「……あの子、美味しそう……お腹すいた……」
イレーネは彼女に微笑みながら言う。
「あらあら、お腹空いたの?……ふふっ、あとで美味しいご飯食べさせてあげるから、あの子はまだ食べちゃダメよ?」
その少女はイレーネの言葉を聞いた瞬間、嬉しそうな表情をする。
「ご飯……!……早く食べたい……!」
イレーネはその少女も含め、自分を慕う異様な七人を慈しむような表情で見渡す。
(……あぁ、本当にこの子たちはかわいい……壊れていてもわたしの子どもたち……)
イレーネは目を閉じる。
(次は何をさせてあげようかしら……)




