第32話:神は選ばない
扉の向こう。運転席へと続く連結部分がある。エルは先に進む。連結部分から外の景色がみえた。戦いの途中は意識していなかった景色。荒廃した建物が立ち並ぶ。
「これが旧都市……ッ!」
エルの頭が痛む。誰かに呼ばれる声。旧都市がまだ存在した頃の景色が頭の中に流れる。
(何コレ……知らない……知らないはずなのに……)
誰かに呼ばれる声。
その時、ミヤビから通信が入る。
「エル、あと3分でウルフの群生地に到着しちゃう!」
エルは我に返った。
「……了解、ミヤビ。」
エルは運転席に入る。そこには他の黒装束とは違う仮面を被った人物が一人。
「ほう。コバエが一匹迷い込んだか……」
黒装束の男は言った。
「……一応聞くけど、この列車止めてもらえる?」
エルは折れた剣を黒装束の男に向けながら言った。
「フッ……嫌だと言ったら?」
「そしたら……あんたの仲間をこの列車から突き落とす。」
その瞬間。黒装束の男は笑う。
「フッハハハッ……。何を言い出すかと思えば……そんな脅しに俺が乗ると思うか?第一……」
一拍。
「俺たちは神のためなら命を差し出す覚悟なのだ。神が全てをお決めになる……神が選んだ選択こそ、理想郷なのだ。この列車の乗客どもも神に選ばれし者たち……実に光栄なことだ。」
その言葉を聞いた瞬間、エルは言った。
「……ふざけるな」
一拍。
「神が全てを決める?神に選ばれし者?……反吐が出る。誰かの選択のために誰かが犠牲になるだなんておかしい。」
その時、エルは黒装束の男の首に手をかけていた。
「お前たちは化け物だ。ウルフよりよっぽど。」
黒装束の男は笑った。
「ハハッ……お前に俺が殺せるのか?……お前は迷ってる顔をしている……お前も俺たちと一緒だ。迷いなど捨ててしまえ……神が決めてくださる!」
その瞬間、エルに明確な殺意が。
――バキバキバキ――
気づくとエルは男の首を折っていた。本能だった。
「あっ……」
エルはすぐに手を離した。男の息は、もうない。
「……エル。大丈夫。大丈夫だから。」
ミヤビからの通信。
「……ごめん。ミヤビ……わたし、私、人を……」
「大丈夫。あれは人じゃない。調べたけど、あいつからウルフと人間の生体反応があった。……どのみちあいつは死んでいたわ……」
エルの手が震える。
「……エル。落ち込んでいる暇はないわ。あと1分でウルフの群生地に着く。ブレーキを。」
エルは震える手でブレーキを握る。
「それを力いっぱ……」
ミヤビの通信が途切れる。その瞬間。
「あは……みぃつけた♡」
ねっとりとした甘い声。
(……気配がなかった。一体何者?……くっ、体が動かない……)
体が動くことを拒否していた。振り向くことさえできない。エルの頬に冷や汗が滴る。
「ほらぁ、早く止めないとみんな死んじゃうよぉ?」
エルの耳元に甘い吐息がかかる。
(やばい……体が…………早く……ブレーキ……)
エルの手は動かない。頭ではわかっているのに体が動かない。声の正体さえわからない恐怖。エルの頬に冷たい感触。――鋭くドス黒い剣だ。刃先が強く、壊れない力で押し当てられる。エルの頬から赤い線がはしる。
(ダメだ……早くブレーキ、引かなくちゃ!)
エルは恐怖を押し殺し、ブレーキを引く。
――キキィィィ――
エルは体感で体が倒れそうになるのを耐える。必死だった。倒れれば殺される。そう感じたから。
「あははっ……!その顔、その顔だよぉ!……いいねぇ……壊れない顔してる。」
声はまるでエルを遊ぶようだった。
「……ふふ。安心して?今日は壊さない。」
そして耳元で囁き声。
「またね……エルちゃん♡」
気配が消えた。にもかかわらずエルの体はしばらく動かなかった。
(……殺されると思った。ティエラより何倍も強い気配がした……)
エルの耳に甘くねっとりとした声が残る。
エルはそのまま意識を失い倒れ込んだ。




