第27話:エリュシオン号
ツンドラヴィレッジでの事件が片付いて、事務所はいつにもまして平穏な休日だった。そう、あまりにも平和すぎた。
「……静かね。」
ミヤビが端末を叩きながら言う。
「そうだね。いつもならザザンとアヤカが騒いでいるけど……」
エルはソファで気絶しているザザンと映画の内容がわからず、ただただ眠りに落ちているアヤカを見る。ザザンのその手にはホラー映画のDVDケースが握られている。題名は『キラーエクスプレス〜密室での殺人鬼〜』
殺人鬼が豪華列車のなかで次々に人を殺していくという映画だ。
「ザザンったら、意地張ってホラー映画なんて見るからよ……。アヤカに至っては寝てるし……」
「……」
「お、俺は全然怖くなかったけどな……!」
アキラはそう言いながら缶コーラを口に運ぶ。その手は震えていた。
「……そういえばアキヤマさんは?朝からずっといないけど。」
「さぁ……?私とアキラが下に降りてきた時にはもういなかったけど……」
エルは少し嫌な予感がした。アキヤマが朝からいなくなる時は決まってこの後が怖い。この前は朝から張り切って行った競馬で大破産をして帰ってきたからだ。
「……はぁ。事務所の経費じゃないからいいけど。でも育ての親の見苦しい姿はあまり見たくないな……」
その時、事務所の扉が勢いよく開いた。その音で気絶しているザザンが悲鳴をあげた。
「よっし、お前ら揃ってるな」
アキヤマはいつにも増して機嫌が良さそうだった。
「おじさん。どこ行ってたの?競馬?」
エルが聞くとアキヤマはニヤリと笑い懐から封筒を取り出した。
「……これは?」
ミヤビが少し怪訝そうな顔をする。中身をゼロが無駄に多い請求書だと思ったのだろう。しかし今回は違った。
「ふん。これを見たまえ、諸君」
中身はキラキラと豪華な装飾が施されたチケットが6枚。
いつもは冷静なミヤビが目を輝かせて言った。
「こ、これ、豪華列車エリュシオン号のチケットじゃない……!しかも、滅多に手に入らないスイートルーム!」
「……おじさん。とうとう犯罪に手を染めたの……?」
エルが失望したような目でアキヤマを見つめる。
「なわけあるか!……あれだよあれ。この前の事件でかなりの報酬が手に入ったろ?それに従業員もこんなに一気に増えたんだ。まぁ、慰安旅行的なあれだ。」
一方でアキラとミヤビと目が覚めたアヤカはチケットを手に取り大はしゃぎしていた。ザザンは青ざめていたが。
「うおっ!俺特急とか初めてだ!」
「夢じゃないわよね……?」
「やったー!旅行楽しみ!」
「……列車。……殺人鬼。……ウップ……」
ザザンは再び気絶した。
「うっしお前ら。全力で楽しむように。いいな!?」
「「おーー!」」
8月16日。ネオトピア・グランド・セントラル・ステーション。
「すごぉぉい!デッカイね!」
アヤカが目を輝かせていた。
「……殆どの装飾が本物の金でできているんですって。ほんと、お金持ちってお金かけるところが違うわ。」
ミヤビはそう言いながら装飾の金に釘付けだ。
「……おい、エル。荷物半分ぐらい持ってくれよ。てか重すぎだろ!何入ってんだ?!」
「内緒。それと、レディのカバンは重たいって決まってるの。か弱い私じゃそんな重たい荷物持てない」
エルは相変わらずアキラをパシらせている。
「"か弱い"だと……?」
アキラは口答えしようとしたが、エルが剣に手をかけたのでやめた。(本当はただ剣に手が当たっただけ)
「……殺人鬼はいないな?!」
ザザンはこれでもかというほどの武装をしていた。防弾チョッキに大量の弾丸のストック。そして腰からは、なぜか大量のお守りをぶら下げている。
「……ねぇザザン。その格好……動きにくくないの?」
エルが訝しげに聞いた。
「……フッ。真の強者はこのような余暇でさえ気を抜かないのだ……!ギャーーッ!何今の音!」
ザザンは子どもが持っていた風船が破裂した音に失神しそうになるほどビビっていた。
そんな騒がしい一行とは別に、駅を歩く男二人組がいた。
「……ここだな。最近怪しい動きをしていると噂の"ネオリュカ"が目撃された場所は……って、おいジル!何公務中に駅弁食ってんだコラ!」
「……モグモグ。ジンさーん。あんまり怒ると血圧上がりますよ?」
「俺はまだ20代だ!血圧も正常だし!」
ジンと呼ばれた男は器用に歩きながら駅弁を食べるジルに手を焼いていた。
「はぁ……ったく。いいかジル。今回の任務はどうもきな臭ぇ。ネオリュカ……。最近信者を爆発的に増やしてやがるカルト宗教だ。あいつら、ウルフを信仰してやがるからな。ただのカルト宗教じゃねぇ。」
「……課長の見解によると、どうやらあいつら、テロを起こすんじゃねえかって言ってましたよ。何しろここは人が集まる。奴らにとっては格好の的でしょうよ。」
「なんだ。珍しいなジル。お前がちゃんと課長の話聞いてるなんて」
「……俺はただあのウルフを信仰してやがる悪趣味な集団に興味を持っただけですよ。……あ、ジンさん。大トロいりますか?」
「……お、サンキュー、って辛ァァァ!ジルてめぇ!わさび仕込みやがったな?!」
「おやおや、大の大人にもなってこれぐらいのわさびも駄目なんですか?副課長のくせに」
「副課長関係ねぇだろ!ったく、課長もなんで俺ら二人で行かせたんだ……」
ジンは水を飲みながら言う。
「……あ。ジンさん。あの列車の前に怪しい集団が乗り込もうとしてますよ」
ジルが指差したのは豪華列車エリュシオン号。青く光り輝いた車体に金色の装飾。その様子は一般人を近づけさせんとする威圧を感じさせる。
「……おいおいマジかよ。あれ豪華特急じゃねぇか。チッ……。チケット買う時間なんてねぇな。おいジル。乗るぞ」
「いいんですかジンさん?保安局の刑事が無賃乗車だなんて」
「……いいんだよ。理由があればどうとでもなる。それに……」
ジンは目を細める。
「もうじきあの列車は修羅場と化す。俺らは市民を守るために乗るだけだ。」
エルたちはまだ知らない。この列車が血と狂気を運ぶ列車になることを。




