第26話:雪は止んだ
ティエラとテラの光が空に消え、静寂が戻った雪原。
仲間たちが村長のもとへ向かう中、エルは一人、剣を杖にして立ち尽くしていた。
(……強かった)
エルの指先は、いまだに激しい戦闘の振動と、ティエラが放った絶対零度の冷気が残って震えている。これまで戦ってきたどのウルフとも違う。力も、技も。だが何より――その「存在の密度」。
そして、エルの耳にこびりついて離れない言葉があった。
「ああああ……!お母様に…!イレーネ様に叱られる……!」
「……お母様……?イレーネ様?」
エルは、ティエラが崩壊する直前に見せたあの怯えを思い出す。
あれほどの強さを誇ったティエラが、死の恐怖よりも先に名前を呼んだ存在。
(ティエラのような奴を……あんな風に歪めて、操っている奴が、まだ奥にいる……)
後に残されたのは、粉々に砕けた氷の欠片と、朝焼けに照らされた静かな雪原だけだった。
ルルーがエルの元へ駆け寄り、その服の裾をぎゅっと掴む。
「……終わったんだね、エル」
「……うん。……帰ろうか。」
事件が解決し、ツンドラヴィレッジには穏やかな朝日が差し込んでいた。雪は、もう止んでいた。
ツンドラヴィレッジに帰った一行は約束通り、村長から多額の(そして大量の特産品を含めた)報酬を受け取った。アキヤマは、凍りついた顔をほころばせる。
「野郎ども、今日は俺の奢りだ! ネオトピアに戻ったら宴だ!!」
「「「うぉおおおおお!!!」」」
ザザンとアキラが抱き合って歓喜し、ミヤビは既にスマホでお店を探し始めている。
そんな喧騒から少し離れた村の入り口。エルはルルーと二人、向き合っていた。
「……これ、持っていってよ」
ルルーが差し出したのは、あの「約束の石」とよく似た石。
「……飴のお礼。次会う時の目印になるだろ?」
エルは黙ってそれを受け取り、大切にポケットへ仕舞う。
「……あんたは、もう大丈夫。一人で、パチンコの練習しなくていい」
「……へへ、わかってるよ! アタイ、この村で一番強い女になってやるからさ!」
ルルーは鼻を赤くしながら、最高に明るい笑顔でエルの背中を叩いた。
ネオトピアシティへ帰る4時間の特急列車の中。
高級弁当を頬張るアキラ、相変わらず酔って窓に張り付くザザン、それを撮影して笑うアヤカとミヤビ。そして、横で静かに煙草をふかすアキヤマ。
エルはその光景を眺めながら、ふと窓に映る自分の顔を見る。
以前の自分なら「騒がしい」としか思わなかったこの場所。けれど今は、その騒がしさが何よりも心地よく、胸の奥を温める。
(……家族。……これが、私の)
エルはルルーから貰った石をそっと握りしめ、初めて自分から微かな笑みを漏らした。
一方、ネオトピアシティの外。とある屋敷の暗い部屋。赤い絨毯がひかれた部屋でイレーネはティエラの消滅を感じとっていた。
「ふふ……ティエラを倒すなんて。エル、あなたは本当に私の期待を超えてくれるわね。……ただの『観察対象』にしておくには、もったいなくなってきたわ」
イレーネは慈しむように、背後に潜む「影」を見る。
そこには、ティエラとはまた違う、異様な重圧を放つ女が控えていた。彼女は夜そのものを纏っているかのようだった。
漆黒の髪を高く結い上げ、揺れる毛先が月明かりを鈍く反射する。黒を基調とした装いは無駄がなく、体の線に沿うように仕立てられている。その微笑みは甘い。だが、どこか壊れた玩具のように歪んでいる。
「次はお前が遊んで来なさい。……『執念の子』ユネラ」
暗闇の中で、ユネラの瞳が獲物を見つけた猛獣のように、どす黒く光る。
「……いいんですか、お母様? 遊んじゃっても……♡」
「ええ。壊さない程度にあなたの好きになさい。……エルがどんな選択をするのか、楽しみだわ」
ユネラは愉悦に肩を揺らし、闇の中へと消えていった。




