第24話:凍てつく世界に熱を
その頃、エルはボロボロになりながら必死にルルーを守っていた。しかし、ティエラが放った、空間を凍てつかせる巨大な氷の槍。
動けないルルーを狙ったその一撃を、エルは回避せず、正面からその身で受け止める。
「カハッ……!」
鋭利な氷がエルの肩から脇腹にかけて深く突き刺さり、鮮烈な赤が白い雪原を染め上げる。エルはその衝撃で膝をつきながらも、背後のルルーを決して振り返らせまいと剣を杖代わりに踏ん張る。
「フフ……。もう眠りなさい。……さぁ氷人形たち。あの子を私のもとへ連れておいで……」
ティエラによって作られた氷人形たちがルルーを捕えようと迫り来る。エルは必死にルルーを背中に庇い氷人形たちを近づけさせまいと剣を構える。
「エル……! エル!! ダメだよ、アタイのせいだ……アタイなんかついてこなきゃよかった……っ!!」
ルルーはパニックに陥り、エルのボロボロの背中に縋り付いて泣き叫ぶ。
彼女の小さな手は、エルの傷口から溢れる熱すぎる血に触れ、その重みに震えていた。
(……まずい……この……まま……じゃ……)
エルの視界は白く霞み、意識の糸が切れかかっていた。
しかし、背中で震えるルルーの絶望を感じたとき、エルの唇が、わずかに、本当にわずかに弧を描く。
エルは掠れた声で、途切れ途切れに言葉を紡ぐ。
「……泣かないで……ルルー。……こんなもの、大したこと……ない」
「嘘だよ! だって、こんなに血が……!」
エルは血を吐き捨て、震える手でルルーの頭を、あの時と同じように無造作に撫でた。
「……本当だよ。……これくらいの痛み。……事務所で、ザザンの……あの壊滅的に音痴な歌を、一晩中聴かされるよりは……ずっと、楽だ……」
「……え?」
ルルーは涙で濡れた瞳を見開く。
いつもドライで、冗談一つ言わなかったエルが、この死の間際で、自分を安心させるためだけに「家族」の恥ずかしい話を口にした。
「……ふふ、……っ。あはは……! 何だよそれ……、今そんなこと言うなよ……バカ……!」
ルルーは泣きながら笑った。その笑顔を見て、エルは満足そうに瞳の奥に力を宿し、再びティエラを睨みつける。
「……ルルー。……あの雪だるまを……狙うんだ……」
エルの言葉に、ルルーは力強く頷く。
もう、手は震えていない。
ルルーは、コウからもらったお守りの石をパチンコに番える。
視界は涙で歪んでいるが、心はかつてないほど澄み渡っている。
「これは、コウの分……! そして、アタイの大切な……エルの分だぁああッ!!」
指を離した瞬間、金色の閃光が吹雪を真っ二つに切り裂いた。石は吸い込まれるように巨大雪だるま(テラ)の胸元へ。
――パリンッ!!
強固な氷の装甲に、蜘蛛の巣のようなヒビが走る。
『……ア、ガ……ッ……アアアアア!!』
テラの巨体が苦痛にのたうち回り、ティエラの支配が揺らぎ始める。その時。
「今だ、野郎ども! 突撃ィ!!」
頭上の氷の天井が、轟音と共に爆発した。
そこから真っ逆さまに落ちてきたのは、マントを派手に翻したザザンだ。
「エル!! 誰が音痴だ誰がー!! 僕の歌は、冥界の魂をも震わせる鎮魂歌だと言ったはずだぞッ!!」
ザザンは叫びながら、怖さも忘れて落下速度をそのまま威力に変え、手に持った黒炎の魔剣(氷の人形が持っていた剣)を氷の地面に叩きつけた。
続いて、崩落する瓦礫の中から次々とメンバーが姿を現す。
ミヤビは上から
「もう、ザザンうるさいわよ! 敵の弱点バイタルは完全に剥き出し! 全員、そこを叩き潰して!」
アキラは着地を決めティエラの放った氷人形を破壊。
「待たせたな、エル! ルルー! 氷は全部、俺が粉砕してやる!」
「エルを傷つけたお返し、たっぷりしてあげるんだから!」
アヤカはブーメランを投げ氷人形たちを一網打尽にした。
アキヤマは凍った髪をバキバキと鳴らしながら、最後尾からゆっくりと歩み出る。
「……まったく、高い遠征費だ。……しっかり働けよ、お前ら」
アキヤマは襲い来る氷人形たちの胸を正確に撃ち抜く。
絶体絶命だったはずの円形劇場に、事務所メンバーの怒涛のエネルギーが満ち溢れる。
ティエラは初めて、その冷たい灰色の瞳に「恐怖」を浮かべた。
「……ありえない……。私の世界が、たかが『人間』たちの熱に、侵食されていく……!?」
エルは、ルルーに支えられながらゆっくりと立ち上がる。
重傷のはずのその瞳には、仲間たちの騒がしい声を受けて、再び力強い光が宿っていた。
「邪魔よ……邪魔邪魔邪魔ッ! 私とテラの邪魔をするなら、みんな雪に変えてあげる!」
ティエラが叫びと共に両腕を広げると、地面から無数の氷の人形が隆起し、探偵事務所の面々へと殺到する。その数は、これまでの比ではなかった。
しかし、もはや事務所の誰にも怯えはない。
エルの背後で、彼らはそれぞれが最高のパフォーマンスを見せつける。
「凍らせてんじゃねえぞ、この雪だるま野郎!!」
アキラが先頭を走る氷の人形に渾身の右フックを叩き込む。氷の人形は内部からひび割れ、そのまま爆散する。アキラはそのまま拳で、次々と人形を粉砕していく。
「ククク……我が闇の波動を宿した銃弾は、貴様らの冷気を打ち砕くッ! 音痴などと抜かした償いは、この地獄で味わうがいいわぁあああッ!!」
ザザンは、もはや恐怖のメーターが振り切れたのか完全な厨二病と化していた。機関銃を乱射。鉛玉は氷の人形を貫通し、さらにその奥の人形までまとめて吹き飛ばしていく圧倒的な火力。彼の「音痴」への怒りが、その精度を極限まで高めていた。
「エルの邪魔する奴は許さないんだからね!えーい!」
アヤカはブーメランを投げつける。それは正確な軌道を描いて氷の人形たちを次々となぎ倒し、最後は回転しながらアヤカの元へと戻ってくる。
「チンタラやってる暇はねえ。さっさと終わらせるぞ」
アキヤマは懐から二丁の拳銃を取り出すと、まるで剣士のように縦横無尽に走り回る。銃弾は氷の人形の急所を正確に射抜き、その体を粉砕していく。彼の動きは、どんなに氷の人形が襲いかかろうと、一切の無駄がない。
「アキラ、その氷人形は内部から熱で溶けるわ! ザザン、右翼の敵が厚い! アヤカ、アキヤマさんの左をカバーして!……そしてエル、チャンスよ!」
ミヤビは後方でホログラムを操作しながら、敵の動きと味方の位置を完璧に把握し、精密な指示を飛ばす。彼女の指示一つで、探偵事務所の連携は完璧なものとなった。
「……ティエラ」
エルは、ルルーを後ろに庇いながら、満身創痍の体で一歩を踏み出す。
肩の傷はまだ深いが、その瞳には再び揺るぎない力が宿っていた。
ティエラの放つ氷の刃は、もはやエルには届かない。
仲間たちが作り出した完璧な道筋。
その道を、エルは一直線にティエラへと向かっていく。
仲間の猛攻により、ついに剥き出しになったテラの核。そこには、ティエラの命とテラの意識が不気味に、しかし哀しく癒着していた。
「これで……終わり。」
エルは裂けるような痛みを抱えたまま、渾身の力を剣に込める。背後で、祈るように見守るルルーと仲間たちの熱い視線がエルの背を押した。
エルの黒い剣が、月光を反射する核の中心へと深々と突き刺さる。
――パリンッ!
核が砕け散ると同時に、巨大な雪だるま(テラ)が、内側から溢れ出す光によって崩壊を始めた。
「あああああッ……! 私の、私のテラが……! お母様に、イレーネ様に叱られる……まだ……まだ食べてないのに……ッ!」
ティエラは、崩れゆくテラの肉体(氷塊)を必死に繋ぎ止めようと、血の滲む手で虚空を掻き毟る。その姿は、冷酷な捕食者ではなく、ただの「持たざる少女」の悲鳴だった。




