第19話:雪に食われる村
猛吹雪が荒れ狂う、ネオトピアシティの遥か外部、極寒のツンドラヴィレッジ。
氷点下を遥かに下回る気温の中、辺りは分厚い雪と氷に覆われ、地吹雪が視界を奪う。街灯もまばらな村道で、一人の少年が震えながら、友達を探している。
「ルルー……どこなの……?」
少年が不安げに周囲を見回した、その時。
背後から、凍えるような吐息が首筋にかかった。
「シーッ………」
優しく、しかし有無を言わさぬ力が、少年の口を塞ぐ。
振り返った少年の瞳に映ったのは、雪のように白い髪と、同じく雪のように白い肌を持つ、美しい少女だった。彼女の瞳は、吹雪と同じ色をした冷たい灰色。
「ごめんね……。弟も、私も、お腹を空かせているの」
少女──ティエラは、少年を抱き上げると、その冷たい指先で少年の柔らかな頬を撫でた。そして、吹雪の中へと姿を消した。
「いやっ──!」
少年の短い悲鳴は、瞬く間に吹き荒れる暴風雪の轟音にかき消された。残ったのは乱れた足跡と朝になっても消えなかった小さな痕跡だけだった。
ネオトピアシティの片隅、探偵事務所「アキヤマ探偵事務所」
窓の外はハイテクな都市の夜景が広がっているが、中ではメンバーが暇を持て余して限界を迎えていた。
「ククッ……僕の右腕に封印された闇の魔王が、この平和(退屈)に耐えられず暴れだそうとしているッ!(※腹の虫が鳴る音)」
ザザンが黒いマントを翻し、右目につけた眼帯を押さえながら言う。
「おい中二病、魔王じゃなくてお前の胃袋が鳴ってんだよ。なぁ…、アキヤマさん、マジで今日の晩飯、塩むすびだけっすか?」
ソファでぐったりするアキラが問う。アキラはエルとともに探偵事務所に住み込みで働いているのだ。
「……文句言うな。今月の家賃、まだ半分しか払えてねえんだ。エル、お前もそんなところで素振りしてねえで、なんか食える野草でも探してこい」
アキヤマが椅子に腰掛け新聞を読みながら言った。
「……無理。ネオトピアの植物、全部ホログラムか合成樹脂」
エルはお腹が空いて不機嫌の頂点だ。
アヤカは台所で塩むすびを握っている。分量を間違えたせいで塩辛すぎるおむすびになっているが。
そんなカオスな状況の中、キーボードを叩く音だけが規則正しく響いている。
デスクの山に埋もれたミヤビが、眼鏡をキラリと光らせる。
「……あったわよ。ネオトピアのサーバーを介さない、辺境からの直接依頼。報酬は……現地の特産品と、成功報酬は一括払い」
「特産品? 贅沢は言わねえ、肉か? 魚か?」
アキヤマが新聞をたたみ目を光らせる。
「……雪。じゃなくて、ツンドラヴィレッジっていう辺境の村からの救助要請。ここ1ヶ月で子供たちが5人も行方不明になってる。保安局は『冬眠中の熊の仕業』で片付けてるみたいだけど……」
ミヤビがホログラムマップを展開する。そこはネオトピアのきらびやかな境界線の外、真っ白に塗りつぶされた極寒の地。
「ツンドラヴィレッジ。ネオトピア中央駅から特急とローカル線を乗り継いで、片道4時間。電波もギリギリ届くか怪しい僻地ね」
「4時間……!? 僕の魔力が持たない……!(訳:電車酔いする)」
「……行こう。食糧もそこを尽きてるし、何より……『匂い』がする」
エルが鋭い瞳で窓の外、北の空を見つめる。
アキヤマは吸いかけのタバコを揉み消し、コートを羽織った。
「よし、野郎ども! 久しぶりの遠征だ。4時間の電車の旅、駅弁を奮発する余裕はねえが……ツンドラの特産品のために、その『熊』を退治しに行くぞ!」
「おー!!」
電車内ではエルがアキラの駅弁から唐揚げを抜き取り、アキラが
「エル!お前、俺の唐揚げ取ったろ?!」
「戦場では早い者勝ち…」
エルがアキラから失敬した唐揚げを頬張っている。
ザザンは電車酔いで倒れ、ミヤビはデータの整理、アヤカは景色を見てはしゃいでいる。アキヤマはアイマスクを着用して爆睡している。
駅のホームに降り立った瞬間、ザザンの顔色は「電車酔い」とは別の理由で青ざめる。
「……クク、笑えないな。この村の霊気、冷たすぎる。闇の波動すら凍りついているッ」
「……ああ。家はたくさんあるのに、窓が全部閉まってて、人の気配がしねえ。まるで村全体が死んでるみたいだ」
通りには人っ子一人おらず、ただ雪を噛む風の音だけが響いている。
古びた村役場で、一行を迎えたのは、やつれきった姿の村長だった。
「よく来てくれました、ネオトピアの探偵さん……。もう、限界なのです。子供たちは、雪の中に吸い込まれるように消えていく。まるで、この村自体が子供たちを食べているような……」
「熊の仕業じゃないのか?」
アキラが聞く。
「……熊なら、死体が残ります。残されるのは、乱れた足跡と雪の上にこぼれた、わずかな赤いシミだけ……」
その言葉に、エルは自分の首筋を無意識に押さえる。
調査を開始しようとした一行の前に、雪を蹴立てて一人の少女が飛び出してきた。
短い髪に、防寒着を雑に着こなした活発そうな少女、ルルーだ。
「あんたたちが探偵? だったらアタイも連れてってよ! 消えた連中はアタイのダチなんだ。アタイが一番、この辺の抜け道に詳しいんだから!」
「……危ない。あんたも『食べられる』」
「うるさい! 指をくわえて待ってられるかよ。アタイだって戦えるんだからさ!」
ルルーは手作りのスリングショット(パチンコ)を振り回して見せるが、アキヤマが一歩前に出る。
アキヤマは無表情のまま、ルルーの襟首をヒョイと掴み上げた。
「なっ、離せよオッサン! 何すんだ!」
「ガキの出る幕じゃねえ。……いいか、これは『探偵ごっこ』じゃねえんだ。俺たちが相手にするのは、お前のパチンコでどうにかなるもんじゃない。……命が惜しければ、家で温かいスープでも飲んでな」
アキヤマは暴れるルルーをそのまま村役場の入り口まで運び、「つまみ出し」て扉を閉める。
「……ミヤビ、ザザン。ルルーの家を特定して、あいつが外に出ないよう見張っとけ。……嫌な予感がする。この村、何かが『狙って』やがる」
追い出されたルルーが外で「このわからず屋!」と扉を蹴っている、その背後。
吹雪の向こう側の影から、二つの冷たい灰色の瞳が、エルたちの動きをじっと観察していた。
「……新しい、家族……。あの黒い髪の女の子、すごく……いい匂いがする……」




