第18話:夜、ウルフは笑う
「右から来るよ!」
エルの言葉にアキラはムーリスの攻撃を避ける。
「ハッ!いいないいなぁ……ならこれでどうだ?」
ムーリスが指を鳴らす。するとムーリスに殴りかかろうとしたアキラの位置にエルが立ち、エルがいた位置にムーリス、ムーリスがいた位置にアキラが来たためアキラは壁を殴る羽目になった。
「いってぇ!くそ……変な術使いやがって……!」
アキラが叫ぶ。
「聞いたことがある。ウルフの中にはあいつみたいに変な術を使う奴がいるって。"権能"持ちのウルフだって……多分あいつ、私たちの位置を入れ替えてる……!」
エルがムーリスに狙いを定めながら言う。
「ハッ!ご名答……。だがそれがわかって何になる?今度はそうだな……お前の心臓の位置でも入れ替えるか?」
ムーリスは嘲り笑う。
「心臓を入れ替えるだと……?相変わらず気持ち悪い野郎だ……!」
アキラが震えながらも立つ。
「落ち着いて。権能には何か弱点があるはず……。とりあえず今は攻撃を避けながら探るしかない。」
エルはムーリスに向かって剣を振り下ろすのではなく拳を叩きつけることにした。しかしすぐに位置を入れ替えられて拳は青年に当たる。
「ブホォッ!ナニコノカイリキ……」
「あ、ごめん。手加減して殴ろうと思ったらついちょっと本気出しちゃった。」
「ハハハ!無様なものだなぁ!」
よろめきながら耐えるアキラの横でエルはムーリスを観察し続ける。
もう一発。今度は後ろから殴りかかる。ムーリスは気づいたのかすぐにエルの方を向き、指を鳴らす。そして無惨にもエルの拳は青年の顔面にクリーンヒットした。
「ガッ……コレ……シヌゥ……ケド、オレは負けない……!」
青年はボロボロになりながら立つ。
(……驚いた。ここまで頑丈だなんて。それにこの青年……微かだけどウルフの匂い……でもおかげであいつの、ムーリスの権能の弱点がわかった。)
エルは鞘に収めた剣を抜く。それを見て一瞬アキラは青ざめた顔をしたが、すぐに状況がわかったのかエルに加勢する。
「お前、名は?」
「エル・ピーダ。エルでいいよ」
「エルか。いい名前じゃねぇか。俺はアキラ・デルーン。アキラだろうがどんな名前で呼んでくれ。」
ムーリスは二人の様子を見て笑う。
「お熱いねぇ……。その空気、壊したくなるよ……」
ムーリスは再び指を鳴らそうとする。が、エルは瞬時にムーリスの後ろにまわる。
「なっ……!」
ムーリスがエルの方を向こうとすると
「おいおい、敵に背を向けるバカがどこにいるんだ」
アキラの拳がムーリスの顔面にヒット。ムーリスは後退し、殴られた頬に手を当てる。
「フッ……フフフフフフ……ハハハハハハ!」
ムーリスは腹を抱えて笑う。
「おもしろいなぁ……久しぶりに手応えのあるオモチャが来たもんだ。」
アキラとエルは構える。が、ムーリスは攻撃してこなかった。
「あばよ。今日は壊さねぇ。だが――」
ムーリスは一拍空けて言う。
「次会う時は頭の位置を入れ替えてやる。今度は逃がさない」
そう言ってムーリスは闇に消えた。
怯えていた女性はいつの間にかいなくなっていた。アキラが口を開く。
「なぁ、エル。お前一体何もんだ?」
アキラの口調はミヤビとは違って軽かった。
「……そっちこそ。あんただって人の匂いに混じって変な匂いするよ。」
エルが言い返す。
「変な匂い……か。ひどいな。」
アキラは力の無いように笑う。
「俺は、さっきのムーリスってやつに昔やってたバンド仲間を殺されたんだ。」
一拍。
「λって薬知ってるか?あいつは昔、無力な俺たちにλを打ちやがった。仲間たちはみんな崩壊して死んだ。そして俺だけが……俺だけが生き延びちまったんだ……。」
アキラは拳を握る。
「アキラ……。」
エルは何も返せなかった。目の前で仲間を失う恐怖。それはどこかエルの胸を抉る。
「まぁ……でもよ。」
アキラが続ける。
「悪いことだけじゃないんだぜ?力は強くなったし足は速くなったし。おかげで新聞配達も楽々さ。」
アキラが笑って見せる。無理矢理に。
「何それ。」
声はいつも通り冷たい。だが顔は少し微笑んでいた。
「あっ、俺のこと話したんだからその……エルのことも教えろよ、ムーリスの権能を見抜いたんだ。ただの通りすがりの少女ってわけじゃねえだろ?」
アキラは聞く。どことなく顔が赤くなっていた。
「……私、半分ウルフ、半分人間。ムーリスの権能を見抜けたのはあいつの視線が気になったから。」
「半分……ってことは混血なのか?」
アキラは驚いた表情でエルを見つめる。
「そう。まぁ言うなればあんたと同じかな。」
「同じ……か。」
アキラの顔は微笑みながらも少し切なかった。
「同じなら、俺今日こそはムーリスを倒せてたと思う。でも結果は逃げられちまった。エル、お前がいなかったら権能だって見抜けなかったし、多分、今頃死んでたと思う。俺って……何も守れないからさ……俺、邪魔だったよな。」
「そんなことない……」
咄嗟だった。自分でも驚いた。でも続けて言う。
「アキラ。あんたがいなかったら私は手を出せなかった。あんたが頑丈だったおかげでムーリスが視線に入ったものしか入れ替えれないことがわかったんだ。だから……邪魔なんかじゃない。」
声は冷静だが、どこか必死だった。それはエルがアキラに自分自身を否定してほしくない気持ちだったのだろう。
「……そっか。ありがとう。なんか嬉しいな。他人に自分を否定するなって言われたの久しぶりだ。あの時以来だな……。」
アキラとエルはただ二人で路地を抜けた場所にある橋で夜景を見た。
「あ、たい焼き。」
エルが思い出したように言う。
「あー。さっき転がってたやつか。でも中身ぐちゃぐちゃに……」
アキラがふとエルの顔を見ると、そこにはさっきまでの冷静な少女の顔はなく、代わりに瞳をうるうるさせた少女が立っていた。
「たい焼き……あれ、せっかくがんばってっ、貯めたヘソクリで買ったのにっ……」
アキラは慌てた。
「おい、泣くなって!わかったから!俺が新しいの買ってやるから……!」
「ほんと?じゃあアカシ屋のたい焼き。おぐらとカスタードとチョコ。」
エルの顔はすでにいつもの冷静な顔になっていた。
「なっ!さっきまで泣いてたじゃねぇか!」
「切り替え上手でしょ?」
「なんなんだこいつは……?」
その後、エルは無事にたい焼きにありつけエルの心は満たされた。――アキラの財布は空になったが。
ネオトピアシティ外の一角に聳え立つ屋敷に頬の腫れが既に引き、すっかり元通りに治ったムーリスが入る。向かったのは屋敷で最も広い部屋。そこには玉座に腰掛け優雅に微笑む美しい女――イレーネが座っていた。
「おやムーリス。随分と楽しそうね?」
イレーネはムーリスをまるで我が子に微笑むかのように見る。
「フフ……ちょっと新しいオモチャを見つけたんでなぁ……久々に傷をつけられた」
そう言ってムーリスは今はすっかり治った頬を指さす。
「あら……あなたが傷をつけられるなんて珍しいわね……一体誰にやられたの?」
イレーネは少し驚いたようにムーリスを見つめる。
「あぁ。一人は5年前の例の実験体クン。そしてもう一人は――混血のガキだった。エル?だったかな。」
その瞬間、イレーネの口角がわずかに上がる。
「そう……やはり……。」
イレーネは立ち上がりムーリスの方に歩み寄りムーリスの頬にそっと手を当てた。ムーリスは息を呑む。
「あの子は特別ね……。ムーリス。その子をまだ壊してはダメよ?」
その声は優しいが、誰もが従わざるを得なくなる声だった。
「ヘッ……仰せのままにお母様。」
そう言ってムーリスは闇に消えた。
一人残されたイレーネは窓の景色を見つめる。
「エル……。やはりあなたは興味深い。いつか直接会いましょう……」




