365回目の結婚詐欺
「また、逃げられましたのね……」
執事の報告を聞いた瞬間、レティシア・エインズワースは、静かに紅茶を置いた。
揺れるティーカップの縁に、薄く張り付いた口紅だけが、彼女の心の色を物語っていた。
これで――三百六十五回目の婚約破棄。
「お嬢様、今回のお相手は“誠実一筋”を掲げておられたのですが……」
「誠実な人ほど、誠実を看板にしがちですわね」
レティシアは皮肉に笑った。
彼女は王都でも名の知れた侯爵家の令嬢。家柄も教養も申し分なく、結婚相手に困ることなど本来あり得なかった。
……けれど、現実は違った。
婚約を結ぶたび、相手の家が「彼女の持参金で家を再興する」算段を立てたり、
「爵位目当て」で結婚を申し込んできたり、
挙句の果てには、正式な婚約の直前に“倒産”を装って逃げるものまでいた。
彼女のもとに残されたのは、破談の書類と、信じられないほど丁寧に書かれた“謝罪文”の山。
「お嬢様、今回の相手のご家族が――婚約書を偽造して、別家の財産に手を出していたようでして」
「まあ、また“私が関わっていたことにされる”のでしょうね?」
そう。いつもそうだった。
“婚約者の令嬢が関与していた”というだけで、世間は彼女を疑う。
それでも、彼女は諦めなかった。
だって――夢があったから。
「……いつか、本当に“家”ではなく、“私”を見てくれる人が現れると思っていましたの」
それは、貴族社会では笑われるほどの理想論だった。
けれど、理想を信じることが、レティシアの唯一の誇りでもあった。
「レティシア・エインズワース様。貴女と婚約を結びたい」
そう言って現れたのは、辺境の若き男爵、ディル・クロード。
財産もなく、領地も荒れ果てていたが、瞳だけは真っ直ぐだった。
「……また、爵位目当てでは?」
「違う。私は、貴女のように何度も傷ついて、それでも微笑んでいる人を見て、心を奪われたんだ」
彼の言葉に、レティシアは一瞬、笑い方を忘れた。
――本当に、私を見てくれている?
けれど同時に、恐れもあった。
今まで何度も、“同じ言葉”で裏切られてきたから。
「……もし、あなたまで裏切るようなことがあったら?」
「そのときは、貴女が私を斬ればいい。爵位も名誉も要らない。信頼だけが欲しい」
彼はそう言って、片膝をついた。
だが、数ヶ月後。
ディルの領地に向かったレティシアを待っていたのは――空っぽの屋敷と、彼の偽名の記録だった。
「……そう。これで、三百六十五回目ではなく――三百六十六回目の、結婚詐欺ですのね」
それでも彼女は、泣かなかった。
なぜなら、今回だけは少し違ったからだ。
屋敷の奥に残された一通の手紙が、彼女の運命を変えた。
“これは詐欺のように見せかけた、救済です。
あなたの婚約相手を騙してきた一族――彼らは裏で貴女の家を奪おうとしていました。
私はその証拠を掴むために近づいた。
どうか、信じてほしい。”
署名には「ディル・クロード」の本名が記されていた。
それは、かつて婚約詐欺を繰り返していた貴族一族の――唯一、生き残った末息子の名前だった。
半年後。
エインズワース侯爵家の名誉は回復し、詐欺師たちは逮捕された。
事件の裏で糸を引いていたのは、レティシアの過去の婚約者たちの家系だった。
「……結婚詐欺に遭い続けた令嬢が、詐欺一族を滅ぼすとはな」
そう言って微笑むディルの姿が、宮廷でレティシアの隣にあった。
「あなたが詐欺師でよかったですわ」
「俺も、騙した相手が貴女でよかったと思っている」
二人は互いに笑った。
誰も信じられなかった世界で、ようやく“嘘ではない”愛を見つけたのだから。
AI出力そのまんまです




