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3話


ローレンス家の邸宅は、シルヴァリスの丘の上に広がる広大な敷地に建っていた。白亜の壁が陽光を反射し、庭園の花々が色鮮やかに咲き乱れるその場所は、まるで絵画のような美しさを持っていた。

アルメンタとエリエが護衛として滞在を始めてから、数日が経過していた。初日のカフェでの襲撃事件は、帝都の衛兵に報告され、セルゲイの情報網でクラウス家の関与が疑われていたが、表向きは平穏な日々が続いていた。三人は徐々に邸内の生活に溶け込み、アリアの引き継ぎ教育を支えながら、互いの絆を深めていった。


朝の陽光が窓から差し込む応接室で、エリエはアリアに魔法の指導をしていた。テーブルには古い魔道書が広げられ、青白い魔法陣の光が部屋を淡く照らす。エリエの金髪が優雅に揺れ、彼女の落ち着いた声が響く。


「アリア様、魔法の基本は集中力よ。槍の穂先のように、魔力を一点に集めてみて」


アリアは頷き、両手を広げて魔力を呼び込む。彼女の黒髪が軽く浮き上がり、指先から小さな光の玉が現れる。

「こう…?」と少し不安げに尋ねる。アリアは貴族の娘として基礎的な魔法教育を受けていたが、実践的な応用は苦手だった。エリエが微笑む。


「いいわ。次はそれを槍の形に変えて。私の槍を見て、イメージを重ねて」


エリエの腰に下げられた細身の槍が光り、彼女の魔力が流れる。槍の穂先から青い炎のような光が迸り、部屋の空気を震わせる。アリアの目が輝き


「すごい…エリエさん、ほんとに天才だね」と感嘆する。

エリエはくすっと笑い


「天才なんて、そんな。14歳で学園を卒業したけど、それは努力の賜物よ。アリア様も、きっとすぐに上達するわ」


二人の指導風景を、窓辺からアルメンタが覗いていた。彼女は庭で剣術の練習を終え、手に摘んだ花束を抱えていた。白銀の髪が汗で少し湿り、幼い顔に満足げな笑みが浮かぶ。「エリエ、すごいね…アリアさんも、頑張ってる」と呟き、部屋に入る。「あの、みんな、練習お疲れ! これ、庭の花、摘んできたよ!」


アルメンタが差し出したのは、赤いバラと白いユリが混ざった小さな花束だった。彼女の純粋な瞳がキラキラ輝き、人見知りの彼女にしては珍しい積極的な行動だ。

アリアが目を丸くし


「わぁ、ありがとう、アルメンタさん! 綺麗…庭で剣術練習してたのに、こんな可愛いことしてたの?」と笑う。

エリエも「ふふ、アルメンタ、妹みたいだね。花束、似合うわよ」と微笑む。

アルメンタは照れながら「う、うん…みんなに元気出してほしいと思って…」と頰を赤らめる。三人は花束をテーブルの花瓶に挿し、魔法の指導を中断してティータイムに移行した。執事が運んできた紅茶とクッキーを囲み、部屋にほのぼのとした空気が広がる。アリアがクッキーを一口かじり、「アルメンタさん、剣術練習、どうだった? 庭でクルクル回ってるの、見えたよ」と聞く。


「えへへ、今日は二刀流の型を練習したの! エリエに教わったやつ!」アルメンタが両手を振って剣の動きを真似すると、エリエが「ほら、アルメンタ、テーブルで剣振らないの」とからかう。アリアがくすくす笑い、「ほんと、アルメンタさん、可愛い。妹がいたら、こんな感じかな」と言う。アルメンタは「むー、みんな、子供扱いするんだもん!」と抗議するが、その仕草がまた愛らしく、三人の笑い声が部屋に響いた。

一方、セルゲイは自室で書類を整理しながら、窓から庭園を眺めていた。彼の灰色の瞳に、過去の記憶がフラッシュバックする。10年前、帝都の貴族会合で出会った少女、エレノア・クラウス。彼女はクラウス家の令嬢で、気弱ながらも鋭い洞察力を持っていた。セルゲイは当時、クラウス家との領地争いで対立し、エレノアの父と激しい交渉を繰り広げた。

エレノアは父の影で震えながらも、「戦争は誰も幸せにしない」と小さな声で呟いたのを覚えている。あの少女の金髪と、現在のエリエの姿が重なる。だが、名前が違う。

エリエは冒険者として自由に生き、貴族の身分を捨てたらしい。気のせいだ…だが、クラウス家の影がまた迫っていると、セルゲイは眉を寄せる。

クラウス家は、ローレンス家の勢力拡大を脅威に感じ、過去に暗殺者を送り込んだことがあった。あの時、セルゲイは近衛兵の助けで生き延びたが、妻を失った。陰謀の影は今も濃く、アリアの引き継ぎ期間を狙った動きが活発化している。セルゲイは書類を握り締め、アリアを守るためなら、何でもすると心に誓う。

午後、庭園でのシーン。アルメンタは再び剣術練習を再開し、二刀流の鉈剣を軽やかに振り回す。小柄な体が風のように動き、庭の芝生を踏む音が軽快に響く。エリエとアリアはベンチから見守り、エリエが「アルメンタの動き、ほんと速いわね。呪いの力のおかげ?」と呟く。

アリアが「呪い…アルメンタさん、辛い過去があるんだよね。カフェで少し話してくれたけど」と心配げに言う。


「ええ。あの子、幼い頃に実験台にされて、容姿や魂が今の姿のまま固定されたの。でも、今はそれを受け入れてるわ。私と出会ってから、笑顔が増えたし」アリアが「エリエさん、アルメンタさんのこと、ほんとに大切にしてるね。私も、二人みたいに強くなりたい」と微笑む。二人はアルメンタの練習を見ながら、魔法の話題に戻る。

エリエがアリアに防御結界の術を教え、アリアが少しずつ上達する様子に、庭園は穏やかな空気に包まれる。

夕食時、邸宅のダイニングルームで四人が集まる。セルゲイ、アリア、エリエ、アルメンタ。テーブルにはローストビーフと新鮮な野菜が並び、ワインの香りが漂う。セルゲイが厳格な顔つきになる


「今日の帝都からの報告だが、クラウス家の動きが怪しい。ヴェルナー家も手を組んでいる可能性がある」


エリエの表情が引き締まり、「了解です。警備を強化しましょう」と応じる。アルメンタは少し不安げにフォークを握り、「アリアさん、守るよ…」と呟く。アリアが「ありがとう、アルメンタさん」と手を重ねる。

食事の後、アリアの部屋で三人は夜話をする。アルメンタがベッドに転がり、「今日の練習、楽しかった! アリアさん、魔法、上手になってきたね!」と笑う。

アリアが「エリエさんのおかげだよ。アルメンタさんも、剣術かっこいい!」と褒め、エリエが「ふふ、二人とも、褒め合いっこね」とからかう。アルメンタが枕を抱えて「エリエ、ひどい!」と抗議するが、部屋は笑い声に満ちる。

翌日、庭園でアルメンタが花を摘んでいる。

アリアとエリエが散歩中、アルメンタが駆け寄り、「これ、アリアさんに!」と小さな花冠を差し出す。純粋無垢な笑顔に、アリアが「ありがとう! 妹みたいだね、アルメンタさん」と微笑む。エリエも「ほんと、可愛いわ」と同意し、三人で花冠を被って写真のようなポーズを取る。ほのぼのとした瞬間だが、遠くの木陰から不審な影が覗くのを、セルゲイの衛兵が気づく。

陰謀の影は徐々に濃くなり、邸宅の平穏を脅かしていた。

数日後、セルゲイが自室で考えごとをしていた。


彼は書斎で古い手紙を読み返す。10年前のとある貴族との争い。貴族の当主が「ローレンス家を潰す」と脅迫し、セルゲイの妻が暗殺された夜の記憶。血に染まった部屋、妻の最期の言葉「アリアを…守って」


セルゲイの拳が震え、あの時と同じだ。アリアを失うわけにはいかないと決意する。エリエの姿がエレノアに重なるが、気のせいだ。彼女は味方だと自分を納得させる。

邸内の日常は続き、アルメンタの純粋さが皆を癒す。

ある朝、アルメンタがキッチンでクッキー作りを手伝い、粉だらけの顔でアリアに「食べて!」と差し出す。


「ありがとう、アルメンタさん。ほんとに妹みたい」


エリエが「アルメンタ、粉まみれよ」と拭いてやり、三人でキッチンを笑いで満たす。

だが、ダークな予兆は増す。セルゲイは衛兵から報告を受け、邸外の森で不審者が目撃されたことを知る。

ヴェルナー家の魔法使いが関与している可能性が高く、陰謀の網が広がっている。

セルゲイはエリエに相談し、「君の魔法で結界を強化してくれ」と依頼する。エリエが「任せてください」と応じ、アルメンタも「私も頑張る!」と加わる。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


帝都の裏路地、薄暗い酒場「黒い棘」の地下室。クラウス家の配下、黒マントの男たちが集まっていた。リーダーの男、ガルスはテーブルに地図を広げ、冷たい笑みを浮かべる。「ローレンス家の小娘、アリアの引き継ぎ期間を狙う。セルゲイの警備は厳しいが、内部にスパイを潜入させる」

「ヴェルナー家の魔法で、変装呪術を施す。執事の一人を入れ替えて、アリアの部屋に毒を仕込む。失敗すれば、暗殺者を複数送り込む」


一人の男が頷き、ガルスが指を地図に這わせる。


「ローレンス邸の庭園から侵入。衛兵の巡回パターンは掴んだ。あの冒険者二人、エリエとアルメンタも厄介だが、煙幕で攪乱すればいい。目的はアリアの排除。ローレンス家を潰せば、帝都の勢力は俺たちのものだ」


男たちは杯を合わせ、陰謀の計画を練り上げる。酒場の灯りが揺れ、影が長く伸びる中、シルヴァリスへの道が開かれていた。

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